したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

鷹目遊里史板

608遊楽:2010/11/13(土) 01:29:21
京の花街「輪違屋」物語
高橋利樹(輪違屋十代目当主)・・・を読みましたが、

「最後のお茶屋」P68より

大正の調べでは、島原も一番多いときでお茶屋さんも百軒以上あった
といいます。それに遊女屋さん、女郎屋さんや料理屋さんがあって、
一軒も廓関係以外のお店はなかったのです。

ですからお客さんは島原に来て、食事をして一日中、翌日の朝まで
遊べたわけです。でも芸妓さんが一人もいなくなって、歌舞練場も
平成八年(一九九六)に「島原貸座敷お茶屋業組合」が解散すると
壊されて、百二十年ほどの歴史が閉じられました。


・・・という記述をみつけました。基本的に元は置屋でそこからお茶屋
に移行した輪違屋さんの当主。文章のあちこちに自分のところより
規模の大きい「角屋」さんへの遠慮や気遣いが見受けられる文章で
団長がおっしゃるように協調があるのかもしれませんが、この
くだりに関しては、新聞より「角屋」の年度の方に信憑性を感じますね。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板