したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

鷹目遊里史板

589夕凪:2010/10/14(木) 00:29:33
住吉新地へ行ってみた ♪
実は、今日、住吉新地へ行ってみました。

普通の住宅街という感じで、"オトコの世界"という雰囲気は、すでに希薄でした。

しかたないんで、住吉新地について、ちょっと調べてみました。


住吉新地は、古くは紀州街道に面した住吉新家(今の住吉警察署付近)に
あった料亭・茶屋がその起因であるが、

明治18年(1885年)南海本線の開通によって住吉新家は漸次衰え、
住吉公園に移ったが、

大正11年(1922年)5月大阪府は公園内の歌舞音曲は面白くないとの理由から、
住吉公園南側の浜口町一帯を指定地としてこれに聚落するように命じた。

当時芸妓扱席15軒、貸席業者168、芸妓数800名、幇間12名を数えて、
住吉新地の最盛期を示した。

しかしこの浜口町も公園に隣接している結果、
公園風紀を害することがあり、

たまたま昭和2年(1927年)頃、日泉土地?が現在の住吉新地一帯の
低湿地に菖蒲を移植、遊園地として菖蒲園があったので、
昭和11年(1936年)新しく指定地となり、
約3ヵ年をもって移転を了することとなった。

昭和19年(1944年)芸妓全員が徴用され、
貸席業者の業態にも著しく変化を生じたが、
終戦後また漸次昔の姿に復し、

昭和28年(1953年)11月18日には演舞場(総面積238.5坪)が竣工した。

そして毎年夏には名物の住吉踊が踊られ市民の人気を呼んだ。


                    1974年の資料より



いつ頃まで " オトコの世界 " だったんでしょうか…


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板