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鷹目遊里史板

568夕凪:2010/07/10(土) 21:59:56
'68 伊丹新地は盛況中
伊丹新地には“料理店”が33軒ある。
女性の数は100人足らず。

1店平均3名もいるかいないかだが、
7〜8名の女がたむろしている店も数軒ある。
ともかく伊丹新地の実状はなかなかの“盛況”である。

同新地は「サロン」とか「料理屋」とか銘打っていて、
飲みにきた客にはアルコールを売る。
女たちに“強制的”にカラダを“奪われる”ようなことは少ない。

ただ「2階へ上がろうか」と誘えば、それこそ打てば響くで
「上がってくれる?どうもありがとう」とくる。
だから酒だけ飲んで坐っているのは、客のうちに入らないようなもんだ。

2階の部屋は、コタツの上ぶとんだけが
タタミの上にクシャクシャになって広がっている。
タバコの火でできた穴から、
水をこぼしたようなシミがあるうすっぺらなやつだ。
枕のかわりに座ぶとんを丸めて使用する。
四畳半の部屋には、あと小さな机が置いてあるだけ・・・・・・
その行為の方も、味も素っ気もない。
ショート(15分)1,500円は初島と同じ料金だ。

伊丹署でも新地の特殊な“サービス”には目を光らせているようだが、
盛況であるところを見ると、取り締まりが完全ではないようだ。

「水商売経験者がほとんどですが、キャバレーなどで働いてても
 金を稼ぐためには、ある程度カラダを張らなきゃいかんし、
 同じことなら、神経を使わなくてすむところでやったほうがラクだし、
 金にもなるという気持ちだろう。だから、かりに初島あたりのコが、
 また水商売に戻っても、つづかんねえ。
 こちらばかりでなく大阪市内の飛田や松島へも流れてるんじゃないですか」
 (伊丹署保安課の話)

※【背景】赤線 初島女性500人の密かなる大移動
  当時、初島は、警察の波状攻撃で、壊滅寸前に追い詰められていた。
?? 仕事場を追われた女性たちの転出先は、
?? 隣接する伊丹市や大阪市内であった ・・・・・

????????????????????????????????????????1968年の週刊誌より


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