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鷹目遊里史板
495
:
夕凪
:2009/07/14(火) 23:11:59
大阪の夏祭と花街
明治以後、神社仏閣と遊び場との関係も、
もう従来のような連携は無くなってしまった。
新政府の新しい取締方針の下に集められた遊廓には宣伝方法がなかった。
それは現在にまでも持ち越された業者の悩みで、彼等は新聞雑誌など
新しい文化機関によって正面から広告することも許されず、
軒灯にまで制限を受けている有様だ。
そこで彼等は昔の関係を辿って、祭礼に奉仕する形式で宣伝する方法を案出した。
それが現今も踏襲されて、祭礼と花街の関係を密接にしているのである。
具体的な例証を挙げると、現在夏祭りに奉仕する遊廓とその祭りは
△愛染祭り ・・・・・・・・・・ 新町廓茨木屋の寶恵駕(1935年から)
△生國魂神社 ・・・・・・・・ 今里新地から八乙女(1936年から)
△八阪神社 ・・・・・・・・・・ 堀江廓の八乙女(1929年から)
????南地五花街八乙女(1936年から)
△天神祭 ・・・・・・・・・・・・ 北陽、新町、堀江、南地五花街から八乙女
△住吉祭 ・・・・・・・・・・・・ 住吉新地から八乙女
などである。この外に天神祭に松島遊廓から稚児を出しているが、
同廓は居稼娼妓専門の廓であり、娼妓は外出が許されていなかったために
廓の娘達を稚児に出したのだろうが、うまい思いつきだと思はされる。
上田長太郎の著作(1937年)より
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