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鷹目遊里史板

386夕凪:2008/03/02(日) 03:55:25
神戸・福原遊廓の成立と展開 (兵庫歴史研究会 2月例会)
演 題 : 神戸・福原遊廓の成立と展開

講 師 : 人見佐知子 先生
     (注)神戸大学大学院人文学研究科地域連携センタースタッフ

日 時 : 平成20年2月10日(日) 13:30より15:00頃まで

場 所 : 兵庫県民会館 1202号室
     (JR・阪神「元町駅」の山側、徒歩7分。地下鉄「県庁前駅」1-2出口)

参加費 : 500円(申込み不要・自由参加)← 会員以外の方も参加OK

主 催 : 兵庫歴史研究会

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神戸で始めて公認の遊廓が誕生したのは、慶応4年(1868)5月1日のことである。
福原遊廓と名付けられたそれは、開港と居留地の開設を契機に設置されたものであった。

〈近代公娼制度〉の本格的な展開は、明治5年(1872)10月2日、太政官布告第295号、
いわゆる「芸娼妓解放令」の公布を契機としているといわれる。

「芸娼妓解放令」以前には、売春統制に対するまとまった法令はなかったが、
それ以後、売春に関する規則が体系的に整備されるようになるのである。

神戸においても同様に、明治5年以降、神田孝平県令のもとで、
福原遊廓を中心に、本格的な売春統制施策が展開されることとなる。

明治初年の神戸における売春統制のあり方は、
全国的にみても非常に特殊な「散娼」政策を実施したことで知られる。
(売春営業の区域を制限しないこと。逆に、売春の営業を特定の地域に隔離することを「集娼」という。)

これは、神戸が開港場であり、
居留地に加えて外国人と日本人が雑居する日本で唯一の雑居地を抱える特殊な空間であったこと、
それを統括していたのが、開明的な政治官僚として名高く、
その手腕を開港場・神戸の運営に発揮することを強く期待されていた
神田孝平という人物であったことと深く関わっている。

本報告では、神戸に初めて誕生した公許の遊廓である
福原遊廓をめぐる神田の政策を中心に考察することで、
開港場・神戸における明治初年の売春政策の特色を明らかにし、
さらに、それが日本の〈近代公娼制度〉の中でいかなる位置にあるかについて論及したい。

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