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鷹目遊里史板

379嶋原G:2008/01/23(水) 14:51:12
或る城下町
 大和郡山は如何にも大和の国に相応しい町だ。柳沢氏15万石の面影を今も濃く残している。赤線地域もその例外ではない。赤線と言うより、旧遊廓という方がピッタリする。古風な三階建ての青楼が、細い路地を挟んで軒を連ね、店の門口には末広とか寿と彫った大きな木の扁額が飾られている。藍地に白で店の屋号を染め抜いた暖簾の影から今にも高尾太夫や八橋太夫が、現れそうなムードであった。

 夜になり、入り組んだ狭い町筋が闇に沈む頃、岡町は遊里の艶めかしさを見せ始める。関西のこうした店の常で女性は店の奥に並び、門口に立って客を引くのは遣手婆さんだが、気に入った女の子を当てようと店の中を覗き込む、その客を言葉巧みに誘い込む遣手、そうしたやりとりに遊びの町らしいスリルがある。10時半、どの店も泊まり客を呼び込むのにおおわらわである。泊まったのは旅館の看板の出た大きな店であった。泊まり¥4500というのを¥3000に値切ってのことだが、二階の部屋へ通され、思わず息をのんだ。三畳の間がついて、本部屋が八畳、床間には古風な掛軸がかかり、花がいけられてある。床柱は黒光りしてるし、天井の桟は漆塗り、時代を間違えたようなムードなのだ。「大したものだね・・・」私が感心するので、「うち、こういうの好きやないわ、なんや幽霊でも出てくるような感じでしょ?」明るい顔立ちの彼女はちょっと肩を竦めてみた。

 檜造り三階建ての建物である。部屋は20くらいあるだろうか。その店に女が4人しかいない。後で判ったことだが、¥4500のいい値をあっさり¥1500も値引きしたのは、部屋が多いため廻しをとれるかららしい。それにしても、建物の大きさに比べて女性が少ないので、シーンと静まり返っている。その上、飛田や松島、初島、神崎などと違って、余り知られていないためか客も少ない。翌朝、窓から射し込む光で目を覚ました時、私はふと目を凝らした。漆塗りの天井、黒ずんだ紅殻格子の窓、それから眠りから未だ完全に覚めきらない私を、大名になったような錯覚へ誘ったのである。

 3年前のことだが、或る週刊誌の取材で関西地方の旧赤線をまわったことがある。その時、奈良市の旧赤線で、「オリンピックがすんだら、売春防止法は撤廃になるんやてね」と、真顔に話す女と会ったことがある。オリンピックが終わっても売防法が撤廃にならなかったのは、御存知のとおりだ。「オリンピックがすんだら・・」と、合言葉のようになって囁かれていた。赤線廃止は外国に対しての見栄のようなものだから、オリンピック終了後は復活する。そして、その日のために既得権益を確保しておかねばならない。誰が言い出したのか、そんな理屈がまことしやかに流布し、取締に抗して、赤線復活の気運は遼原の火と燃え広がっていったのであった。

 大和郡山市は人口僅か4万、昭和29年に誕生した新しい市である。4万という人口も隣接の町を併せたからで、市の中心部は2万そこそこだろう。そんな小さな町であれば、警察が本気で取締まる気になれば、赤線やそこら一溜まりもない筈だが、にもかかわらず堂々と営業しているのは、関西地方一帯に広がった赤線復活の火が、想像以上に根強く根深いからに他ならない。


※「警察が本気で取締まる気になれば、赤線やそこら一溜まりもない筈だが」
と言う箇所について、その約20年後、摘発され壊滅した。

1966年発売の某雑誌より抜粋。


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