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鷹目遊里史板

301夕凪:2007/06/24(日) 23:17:57
赤線 明石 (明石市)
■徳川時代の初期、大蔵谷街道に構えられた本陣、副本陣の周囲に宿場ができ、
 ここに発祥した。
 明治4年(1871)、宿場内に散在しいていた遊女宿が、
 中崎海岸(現在の明石市東本町)と望海の浜(現在の明石市船上)に集められた。

 望海の浜は、地の利を得ず次第に衰えて消滅したが、
 中崎海岸は年とともに繁盛し、明治15〜20年頃、くるわ好みに店を改造、
 明石遊郭の基礎を築いた。

 明治40年ごろ明石貸座敷組合を結成、
 幾多の変転を経て売春防止法施行の日を迎えたのである。

■閉鎖は県下の各赤線地域にさきがけて、33年2月28日に行なわれ、
 全業者が廃業、組合も解散して、長い歴史をもつ紅灯を消したのである。

 33年1月当時の業者は14人、売春婦55人、引き手24人がおり、
 これが間貸・・・4、住宅・・・3、旅館・・・3、就職・・・2、機械修理業・・・1、家主に返却・・・1、
 計14に変容してしまった。

 その後一時は、大水族館や潮湯温泉を建設する計画もあったが、その実現はほど遠いようだ。

                        兵庫県発行の1959年の資料より


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