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鷹目遊里史板

297夕凪:2007/06/22(金) 07:25:08
赤線 戸田町 (西宮市)
■徳川時代、宿場女郎がはびこって西宮遊郭として世に知られるようになったもので、
 公許されたのは明治43年ごろといわれる。

 昭和20年(1945)8月5日の空襲で焼失し、一時は廃墟に化したが、22年ごろから復活した。

■33年1月において、業者27人、売春婦・・・86人、引き手・・・28人があったが、
 3月15日法の全面施行を前にしてに閉鎖。
 間貸・・・5、料理屋・・・4、旅館・・・4、住宅・・・3、小料理屋・・・3、飲食店・・・3、
 カフエー・・・3、遊技場・・・1、就職・・・1、計27の転廃業を行なった。

 その後、この地域の状態は平穏そのもので、問題となるような事態は発生していない。


                       兵庫県発行の1959年の資料より


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