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鷹目遊里史板

279夕凪:2007/06/17(日) 13:53:21
工都の御目溢し
●昭和23、24年ごろ、市内の難波新地、新天地、パーク座、浮世小路、杭瀬、高田方面に、
 約350人のモグリ売春業者が、売春婦約850人をかかえ娼家を経営していた。

 これらは、市街の中心部にありながら、公然と風紀を乱し、
 その状態は目にあまるものがあったので、26年に売淫条例が制定され、
 これらを強力に取り締まった。

 ところが業者の多くは海外引揚者や戦災者
 その他経済的に窮迫している者で占められていたので、
 取締は容易に徹底せず、かえって取締の目をぬすんでますます悪化していった。
 その上、暴力や麻薬覚せい刑事犯の巣クツとなり、犯罪を生む温床化したのである。

 このため、市民の世論も高まり警察の強力な取締が要望され、
 市当局へも風紀上弊害のない地域へ移転させてほしいと要請された。

 そこで市当局は初島(海岸埋立地)、神崎(工場跡)へ集団移転の方針を立て、
 30年4月から9月にかけて、業者の大半が移転し、
 県下屈指の青線地帯を形成するに至った。

                 ?????? 兵庫県発行の1959年の資料より

○「移転させた」と書いた後で、
 「だが、しかし・・・・・・」とは面子にかけても書けないんでしょうネ?
  ましてや町全体がとは・・・・・・

●そう言えば、今年、尼崎市が発行した『図説尼崎の歴史』でも
「昭和30年に多くの業者が初島新地と神崎新地(戸ノ内)に移転しますが、
 元の場所で営業を続ける業者もありました。
??2か所の新地は昭和33年の売春防止法施行後も営業を続け、
??これら特飲街の解消にはなお年月を要しました。」と言うふうに書かれています。


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