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鷹目遊里史板

259夕凪:2007/06/03(日) 23:16:05
デベロッパー大軌 (生駒編)
大正3年(1914)、奈良−上本町間に大軌が開通し、
生駒駅から宝山寺まで13町の新参道が形成されると、
元町1丁目、本町における宅地化が進行し、ここに生駒新地が形成される。
さらに生駒門前町としての性格も信仰的から遊興的に変化し、
ダンスホールや劇場も新設されて、料理屋、芸妓置屋の数も急増する。

大正5年〜10年(1916〜1921)のわずか5年間に元町1丁目、本町の中枢部、
いわゆる生駒新地として市街化される地域が
すべて東大阪土地建物会社の所有地になっており、
その面積は2町1反5畝12歩(約6,300坪)に及んでいる。

この土地会社は、大正5年(1916)、大軌によって設立された別会社で、
大軌が宅地経営に着手する大正13年に合併された。

大軌による土地整理事業が実施され、現在の市街地区画が完成するのは、
分筆届によると昭和7年(1932)で、これ以降宅地分譲が急増する。

このように生駒新地は、大軌による鉄道資本によって形成されてきたのである。

※生駒鋼索鉄道による、鳥居前〜宝山寺開通は大正7年(1918)
 もちろん大軌の系列会社です。そして大正11年(1922)大軌に吸収。

 西田和夫編著『奈良−その地域像の変遷−』(1981年)よりの中途半端な要約


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