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鷹目遊里史板

240夕凪:2007/04/30(月) 23:13:25
新町 廓湯
慶安年間(1648〜1651)に遊客のために設けられたと伝えられる。

横に交番があるのは、ここに江戸時代の新町廓の西大門と番所があった名残りである。
井戸の辻という。
西大門は新町廊早々時の寛永年間(1624〜1643)に開かれた最古の出入口だから由緒が深い。
明治初年(1868)にとり払われた。

また廓湯の東側の路地を「はやしうら」といった。
天保10年8月(1839)発板の『大阪新町細見の図』に
「新町よりねりものなどとおるとき、このはやしうらより北東へとねりなおす
故にはやしうらというなり」とある。

新町焼ではこの路地より西へ4丁目の西の端まで全て焼失した。
従って、廓湯もその後に再建されたものである。

??????????????????????????????????????天王寺さんの古本祭りで購入した本より

※残念ながら、今の新町交番は別の場所にあります。
 資料によると廓湯の場所は、SZK自販近畿本社のある一角の南西カド辺りかと思われます。

※「遊客のために設けられた」と言う事は、まさか男湯のみ?


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