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鷹目遊里史板

162夕凪:2007/01/28(日) 11:01:16
貝塚新地 (旧赤線地帯)
江戸時代紀州候の参勤交代の道中筋の宿場として発展し、
明治11年11月検梅所が設けられ、毎月6回検査が行われた事からして、
当時は相当いんしんを極められていたようである。

明治末期において今の近木に移った。

その後昭和20年の空襲でその半分が焼失したが、漸次復旧したのである。

ここは和歌山市、堺市(竜神)の中間に位し、
近時交通機関の発達と共に遊客の訪れは減少し、
次第に寂れつつある時、売春防止法の施行となり、速やかに解散した。

しかしその現況は旧新地域内小料理屋の従業婦35人内外、
客に飲食を供する業者は11件で、旧接客婦の経歴者は現在3人程度に減少、
収入は固定給2,000円乃至3,000円その他はチップかせぎ、
しかるべきサービス等でまかなっているものと判断される。

業者間の自粛は徹底しているようで、ただ1軒のみが狡猾に、
表裏とおり抜け営業を行って、場所提供で検挙経歴を持っている。
旧業者は全て土着と言うべき程の永住者であった事、
経済力豊かな農家または他に事業所を持つ者、会社役員等
総対的に法を潜ってまであくせくする必要がない為、
転業が鮮やかに行われた事と思料される。

                  1961年の行政機関の資料より


※私も貝塚で「しかるべきサービス等」を受けてみたかったです・・・・・


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