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鷹目遊里史板
145
:
嶋原G
:2007/01/13(土) 23:58:32
あぁ橋本
売防法施行前に発行された2冊の書籍よりの抜粋です。
廓内の情景が赤裸々と描かれてます。
駅の改札口に立つと、何となく遊廓の木戸口のような感じを受ける。どちらが表口か、裏口か分からない。夏の夕暮れなど改札口に子供を連れて、電車に乗るでもなく、乗降の客をぼんやりと見送っている脂粉の女をよく見受ける。故郷の想い出などに耽っているのであろう。
背景は低い屋並みの遊女町が下の方に拡がって、涼しい河風が襟元を吹き抜けていく。
私はここから山崎へ渡る渡船場の夕暮れの風景を見に行くことがあった。
町と言っても一筋か二筋の廓内の道を突き切って行くと、開け放たれた青楼の張店の片隅に鏡台を据えて、今宵の持場、持場につかうとする露は女の裸体が、白日に曝し出されている。腰巻き一つで双乳を露出したまま、平気で莨(タバコ)を口にしながら行人を眺めている女。
赤い長襦袢などの、ぞろりと掛かっている柱の脇に「初店△△子」などと書いた貼紙が白々として、ステンドグラスの飾窓に屋根越しの夕陽が明々と照り渡った。
町を突き抜けていくと、土塀のように行手を防いでいる草の堤が見える。京阪国道の淀川堤防である。国道が出来なかった以前は川沿いの座敷から漫々たる淀川の流れを背景にして、低い堤と渡船場の風景が見渡せたものだが、今では狭い溝川を隔てて、国道の高い堤で眼隠しをされたような形になってしまった。
堤の上に登り立つと乾かし広げた腰巻きや、敷布や、座布団などから縁近く持ち出された椅子や鏡台などまでが、ずっと下の方に見潰される。
1946発行書籍より抜粋。
橋本遊廓がいつ頃に出来たのかあきらかではありませんが、井原西鶴の『好色一代男』等を見ると、主人公の世之介が一夜をここで明かすところが出てくる位ですからやはり江戸時代からあったものと思われます。
今は京阪電車の橋本駅を降りたところがすぐ遊廓の入口といった具合で、あくどい化粧をした女が待ち構えていたように袖をひきます。カメラでも肩に提げていようものなら絶対にタダでは通り過ごせません。散々女に引っ張られ抱きつかれたりして、やっと150軒余りの遊廓街を通り抜けてすぐ裏の淀川堤に出ました。
堤の上からはここの遊廓の素顔とも言うべきもの、例えば物干しに広げられた赤い腰巻きや布団、縁側に持ち出された鏡台、立て膝をして煙草を吹かしている半裸の女たちなどが、どす黒く澱んだ川と共に、ネオンで飾られた表とはがらりと変わった遊廓の裏側の表情として一眼で見下ろせます。
1957発行書籍より抜粋。
しかし「150軒余り」とは大袈裟だなぁ。
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