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鷹目遊里史板

123夕凪:2006/12/31(日) 00:59:21
売防法・観光開発と橋本
昭和30年12月に男山ケーブルが11年ぶりに復活した。
昭和32年(1957)1月八幡宮を中心に観光と信仰のオアシス−男山府立公園の
開発を目指し、八幡町が中心となり観光協会を設立した。

観光開発に力を入れた背景には、昭和31年(1956)5月に成立した売春防止法によって、
2年後の昭和33年(1958)に廃止が決定づけられた橋本遊廓への対処も含まれていた。

町当局としては年間町民税の3分の1が減少するのであるから、大きな痛手であり、
新しい財源を見つける意味からも観光客の導入に力を入れていたのである。

昭和31年(1956)当時80軒あった貸席は橋本貸席組合を通じて、
自民党に集団入党し法案の実施延期を要望したり、
府立公園の一環に温泉旅館に衣替えして人工温泉設置等の転業対策を講じてはいたが
2年間の猶予期間と法案の抜け穴が多い事を見越して積極的な対策は出ず、
成り行きを見守る態度が強かった。

また売春防止法完全施行後の昭和34年(1959)には温泉発掘を目指したボーリング調査を
行い、その水質を調査した結果、炭酸鉄泉(23℃)で神経痛やリウマチに効果ありと判定され、
転業者を中心に橋本温泉開発協議会を結成し、7月京都府知事から温泉利用許可が下りた。

昭和35年(1960)4月から各旅館に送水管が敷設され、「淀川温泉」として
数軒が手始めに開業する事になって、協議会も「淀川温泉三業組合」と改められた。
組合長が「転業3年目に温泉街で出直しできる」と張り切っている新聞記事も出たりしたが、
再開発できるほどの効果は上がらなかった。

                            前掲書より要約


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