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山海経大荒海内経の分析
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ひとまず、山海経最後の分析となる大荒経の海内経の分析をしたいとおもいます。これからしばし遠出するので、お返事が遅くなることご了承ください。
その大荒海内経の推定が図1です。白文字が大荒海内経、その他は前に分析した海内経にみえる諸国の推定位置です。
最初の朝鮮ですが、箕氏朝鮮のことを示しており、東海の内、渤海の一角としていますので、その位置は現在の朝鮮半島東北部と考えうるでしょう。
次の天毒国も、水の傍らに住み、人を憐み慈しんだとありますので、海岸沿いの国でしょう。
次の壑市国は、西海の内、流沙の中央とされますから、中国雲南地方となるでしょうか。ミャンマー北部の厭火国と発音が類似します。そうすると、先の天毒国も、その語音から類推してインド(身毒)周辺となる可能性もみえてきますが、前述の覆天説の世界観からみて、東北端の朝鮮と、南西端のインドの位置がつながって理解されていたことによって、インドを示す天毒国が、朝鮮方面へと記されているのではないでしょうか。
次の氾叶国は、さらにその西方となりそうですが、その発音からみて、海外経でインドのガンジス方面と推定した讙頭国を想起させます。
次の鳥山、淮山もその周辺域でしょう。
次の朝雲国、司彘国ですが、流沙の東面、黒水の西岸とされますので、海外経の雲南の羽民国周辺と考えうるでしょう。
次の不死山も、流沙の東面、黒水の流れる地方となりますが、海外経でみえた不死民の位置と対応してくるかもしれません。インドシナ半島方面となるでしょうか。
次の肇山は、華山青水の東とされますので、四川方面でしょう。
次の都広野は、海内経で分析したとおり、雲南地方で北回帰線上にあると推定した広野に対応してきます。先の肇山条で、柏子高という名の仙人が、ここで上下に行き来し、天上へと至ったとの記載も、同じくこの位置が北回帰線上にあり、太陽測量における「天」の観念における重要地点であることを示すものでしょう。
ここでもまた鸞鳥は自由自在に歌を歌い、鳳鳥は自由自在に地で舞を舞うとの記載が見え、前述の鳳凰の祭祀に関する集団がいたことを予想します。
次の若木も、南海より内、黒水青水が流れる地方となりますから、トンキン湾に近い地域の北回帰線上の地域となりそうです。
次の塩長国も、塩が採れるような地ですから、海岸沿いとなるでしょう。
次の九つの山丘ですが、全て周囲は水で覆われていたとの記載からみて湿地帯を想起させます。海内経図でいくと、四川の巴地の周囲を巡る山地と考えうるでしょうか。
そこに、建木、?窳(アツユ)が見える点も海内経と同様です。
次の巴国も同様です。西南方としているのは、中国の中心部・洛陽周辺?からみての方角でしょう。
次の流黄辛氏国は、海内経では、巴地よりさらに西方の山地を比定したとおりです。
次の巴遂山、朱巻国も同様にその周辺でしょう。
次の贛巨人は、南方民で、黒い体に長い毛が深々と生えていたとの記載からみても、南方民族を想起させます。
次の苗民は、華南の苗族と考えうるのですが、また鳳凰関連記載とも関連し、前の分析でも指摘したように、戦国時代初期に南下してきたサカ・月氏といった中東・スキタイ系の文化を有する集団の習俗が記載されています。後代のチベット・ビルマ語族でしょう。
そして、「神がおり、人の頭部に蛇の体でかじ棒のように長かった。左右両辺に一つずつ頭がついており紫色の衣服を着て紅色の帽子をかぶっており、名を延維と言った。人が延維の主となり食物を奉餐し祀ると天下に覇をとなえることができると言う」との記載が重要です。
関連して雲南省の石塞山遺跡の銅鼓上に造形された神殿に、蛇のような高く伸びる棒状のものを祀っている描写があり(図2参照)、この蛇神を掲げる祭祀と先の延維神の記載との関連を予想します。その帽子をかぶることも、サカ・スキタイ民の特徴ですが、特に神名が「延維(エンユイ)」としていることが中東のエンキ・エンリル神との関連を想起させます。
そのエンキに関しては、性のシンボリズムが関係しているとのことも二つの頭を持つその蛇神と相関性があるでしょう。中国古代の両性2人セットの蛇神・女媧(図3)との関わりも以前予想したとおりです。
「エンキの葦」「彼のそばには自然の男性面と女性面を象徴する木がある」との記載も重要で、いわゆるアダムとエバと禁断の実をつける木の話、ノア洪水といった中東伝承との兼ね合いも考慮すべきでしょう。
そのエンキが、エンユイとなる過程を考えていくと、次のエア、および西セム文化における神々についての下記の説明が参考になるかもしれません 。
1964年、 ローマ・ラ・サピエンツァ大学のパウロ・マッティエ(Paolo Matthiae)に率いられたイタリアの考古学者のチームが、紀元前3千年紀の都市エブラの一連の発掘調査を行った。大量の文書資料が発掘され、後にジョバンニ・ペティナート(Giovanni Pettinato)博士によって翻訳された。その中で、彼はエブラの人々がカナン神話の主神エールの名(「ミカエル」(Mika"el")などの名前の中に見られる。)を「イア(Ia)」に置き換えて呼ぶ(先の例では「ミキヤ」(Mik"iah"))傾向があることを発見した。
フランスの歴史学者ジャン・ボッテロ(Jean Bottéro)その他多数の人々は、このケースのような語尾の「イア」("Ia")は、エア("Ea")つまりエンキのアッカド語の名を西セム語的に発音したものである、との意見をもっている。語尾の「イア」はセム語族の衰退とともに見られなくなっていった。この中で神イアフ("Iahu")も消えていったが、これは後に変化して旧約聖書中の神ヤハウェ(Yahweh)となった可能性がある。また、イアは、語源の少なくとも一つ以上がヤウ(Yaw)もしくはヤア(Ya'a)であったことからも、ウガリット語においてはヤム(Yamm:「海」、もしくはナハールの審判者(Judge Nahar)、もしくは川の審判者(Judge River))に相当すると考える向きもある。エア・ヤムともに水の神であり、「嵐の」神と呼ばれることもあった。「エア」の方は創造者・地下から来る甘い恵みの水の神であり、関連する「エンキ」は土地そのものを肥沃にする役割を担っていたことには留意が必要である。
次の衡山、菌山、桂山、三天子都山ですが、先の小人である菌人の記載と関係してくるでしょう。
次の蒼梧丘は、海外経の蒼梧山のことでしょう。その位置は図のように巴地東部、長江上流域となるでしょうか。九嶷山もその周辺域でしょう。
次の蛇山、不距山は、一転して北(海)方面となりそうです。
次の先龍は、その子孫は氐羌とされていますのでチベット東・北方領域と考えうるでしょう。
次の幽都山は、黒水が流れ出るところで、チベット方面です。
次の玄丘民、大幽国、赤脛民、釘霊国もその周辺と予想しますが、そこに住む人は膝以下の脛部は全て毛でおおわれており、馬の蹄があり速く走ることができたとの記載からみて、馬を操る騎馬遊牧民を想起させます。
その釘霊は、後代のバイカル湖周辺にいたとされる丁零のことでしょう。
その後の記載は、中国の伝説上の帝に関する記載です。
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