レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
歴史掲示板
-
Re: 『三国志魏書』倭人伝の訳
管理人さんへのお返事です。
> 思うに海路を使うと方位観念がずれるのではないでしょうか。陸行の場合はしっかり方位を把握できますが、海の場合は、目印によって左右されますし、距離感覚がつかめないのでしょう。
方位には間違いは見当たりません。不彌國は「東行至不彌國百里」平塚川添遺跡になります。投馬国と女王国は「南至投馬國水行二十日」の文章の読み方です。
沖縄までに行くのは少なくとも半年はかかる。水行二十日では行けない。日数は魏志の文章にあります。現代の古代史の学者は古事記との関連性も無視している。女王国はアマテラス国を言っている、理解できないでしょうね。
> ただ奈良の古墳をみると、主体であるはずの後円部を北や東にするケースが多く、南に向いているケースは少ないんですね。そこに漢代から引き継がれた方位観念が、すこし変化しているように感じるんです。
>
皇帝は北にいますので北が上になります。オーストラリアなら南でしょう。後円部を北や東にするケースが多く、これは日の出の方向から北が定まるので、やっぱり北です。
>
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板