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歴史掲示板

70秦野北斗:2012/02/16(木) 19:27:14
Re: 邑
案山子さんへのお返事です。

> >陳寿は壱岐(一支国)の大きさを測っています。
>
> 「對海【馬】國・・方可四百余里」
> 「一大國・・・方可三百里」
> は、邑の「尊卑有大小」が記述されている。
> 「尊卑有大小」とは
> 清代段玉裁『?文解字注』に
> 「先王之制。尊卑有大小。从?。尊卑謂公矦伯子男也。大小謂方五百里,方四百里,方三百里,方二百里,方百里也。」とあります。
> 「邑」を説文解字により解釈するなら、
> 「對海【馬】國」の「尊卑」は「矦」で「大小」は「方四百里」。
> 「一大國」の「尊卑」は「伯」で「大小」は「方三百里」。
> となり、「方可四百余里」「方可三百余里」は実測数値ではないでしょう。

女王國東渡海・・・、では状況から陳寿は行ってない。文中に參問倭地と尋ねたとある。しかし、「對海【馬】國・・方可四百餘里」「一大國・・・方可三百餘里」では、それらしい文章はない。


女王國東渡海千餘里、復有國、皆倭種。又有侏儒國在其南、人長三四尺、去女王四千餘里。又有裸國、?齒國復在其東南、『船行一年可至。』參問倭地、絶在海中洲島之上、或絶或連、周旋可五千餘里。

 女王国の東に海を渡ること千余里、また国がある。いずれも倭人である。その南に侏儒(こびと)国が在り、身長は三、四尺、女王国から四千余里。また、その東南に裸国や?歯国も在り、『船で行くこと一年で至るとか。』倭の地と比較して訊いてみると、絶海の中央の島の上に在り、隔絶あるいは連結し、周囲を旋回すること五千余里ほど。


帯方郡より倭に至るには、海岸に沿って水行、韓国を経て、南へ行ったり、東へ行ったりして、北岸の狗邪韓国に到ること七千余里。初めて一海を渡り、千余里で対馬国に至る。そこの大官は卑狗、副は卑奴母離という。極めて険しい島に住み、『四方は四百余里ほど。』土地は山が険阻で、深い林が多く、道路は獣や鹿の小道(獣道)。千余戸あり、良田は無く、海産物を食べて自活しており、船で南北の市(物々交換の場)に出かけて、糴(てき=穀物を買い求める)する。


又南渡一海千餘里、名曰瀚海、至一大國、官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。『方可三百里、』多竹木叢林、有三千許家、差有田地、耕田猶不足食、亦南北市糴。

また、南に一海を渡ること千余里、名を瀚海という、一大国に至る。官もまた卑狗、副は卑奴母離という。『四方は三百里ほど。』竹木の密林が多く、三千ほどの家があり、農地はあるが不足しており、耕作しても食べるには足らないので、また南北に物々交換に出かける。


「先王之制。尊卑有大小。从?。尊卑謂公矦伯子男也。大小謂方五百里,方四百里,方三百里,方二百里,方百里也。」

この文章はなにを言っているのですか。訳すと、先の王制では尊卑(身分などが尊いことと卑しいこと)大小があり、? から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の順に、大小は四方五百里、四方四百里・・・四方百里なり。? =王都でしょうか。領地分けでしょうか。尊卑には大官はないが?。






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