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歴史掲示板

64秦野北斗:2012/02/13(月) 22:58:10
『三国志魏書』倭人伝の訳
https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000064M.jpg

『三国志魏書』倭人伝(通称:魏志倭人伝)の翻訳であるが、翻訳に一部不備があるので修正している。(倭奴国)の存在は中国史籍の文章は当時、存在する国は記入するが無くなった国は空白としている。乍南乍東は文法から導かれる。

 倭人在帶方東南大海之中、依山島為國邑。舊百餘國、漢時有朝見者、今使譯所通三十國。

 倭人は帯方郡の東南の大海中に在り、山島に拠って邑落国家を為している。昔は百余国、漢代には朝見する者がおり、今は使訳(通訳を連れた使節)が通じるのは三十国。

 從郡至倭、循海岸、水行歴韓國、乍南 (倭奴国) 、乍東到其北岸狗邪韓國、七千餘里。始度一海、千餘里至對馬國。其大官曰卑狗、副曰卑奴母離。所居絶島、方可四百餘里、土地山險、多深林、道路如禽鹿徑。有千餘戸、無良田、食海物自活、乖船南北市糴。

 帯方郡より倭に至るには、海岸に沿う、水行で歴韓国、南へ(倭奴国)、東へ北岸の狗邪韓国に到ること七千余里。初めて一海を渡り、千余里で対馬国に至る。そこの大官は卑狗、副は卑奴母離という。極めて険しい島に住み、四方は四百余里ほど。土地は山が険阻で、深い林が多く、道路は獣や鹿の小道(獣道)。千余戸あり、良田は無く、海産物を食べて自活しており、船で南北の市(物々交換の場)に出かけて、糴(てき=穀物を買い求める)する。   堀貞雄の古代史・探訪館より


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