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歴史掲示板
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Re: 枯野
秦野北斗さんへのお返事です。
秦野さん、こんにちは。ここ数日パソコンが調子悪く、昨晩も書き込み終えた途端に文書が消えてしまいました(・_・;)
> 西日本の森や林は当時の生活圏を表わしている。秦野書、徐福と邪馬台国で倭国、『東西に五カ月の行程、南北に三カ月の行程。』の中部地方以西が地図上(添付)に描かれた。樹木の分布と三角縁神獣鏡の分布と一致する。不思議ですね。現在、徐福と邪馬台国で紹介した、茅渟(ちぬ)の道(日本最古の道)を調べています。
呉人が、台湾、沖縄経由で、九州南部から北部へ、吉備、畿内へと入っていくルートがあったようですね。
>??倭国とは、古の倭奴国なり。京師から一万四千里、新羅の東南の大海中に在り、山島に依って暮らす。『東西に五カ月の行程、南北に三カ月の行程。』代々中国と通じている。 その国、居住地に城郭がなく、木を以て柵とし、草を以て屋根とする。四面の小島、五十余国、皆、これに附属している。その王姓は阿毎氏、一大率を置き、諸国を検察させ、皆はこれを畏怖している。官には十二等級を設けている。(堀貞雄の古代
史・探訪館より)
この文書は、漢書から魏志・・と抜書きしている感じが見受けられます。
魏志の方位がおかしいことは、後代気付いたので、ちゃんと修正してますね。南が逆さまになった日本地図の話が出てこないようです。ただ、一大率という警察・軍隊の話は、よく把握できていなかったのでしょう。
> 椎根津彦(しいねつひこ、『日本書紀』)、槁根津彦(さおねつひこ、『古事記』)は同じものを言っている。『書記』では天皇が勅で椎の棹を授けて・・、椎根は『椎の棹』の椎、槁根は『椎の棹』の棹=槁。秦野が知る限り『日本書紀』と『古事記』は対に成っている。
日本における節刀関連の文書のはじまりが見えるというになるでしょうか。椎根津彦は重要です。
あと、「塩筒老翁」と神武東征のイメージこそが、後に記紀に出てくる海の老人の原型だと思いますね。「筒」の字を当てているのがまた興味深いところです。
同じくイザナギの息子で、住吉三神が、やはり「底筒男命」のように、「筒」を名前に入れてますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/住吉三神
住吉は、元は「住江」とのことで、「スミ」というところにあった港のことだったのでしょう。
上記の呉とか隼人と結びつけるなら、安住・安曇、大隈といった「スミ」音の意味あたりまで追求したいところですが、元の根っこは弥生時代の発音にあって、後代の「澄んだ水」とかいう、文献学者の解釈では不十分であることをしみじみ感じますね。古代史やる人は、まず魏志倭人伝の読みからやらなければならないということなのでしょう。
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