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歴史掲示板
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Re: 表音
秦野さん、さっそく御返事ありがとうございます。
>邪馬台国は奈良に20年程度存在した国です。卑弥呼は卑弥呼の母と同年代に死んでいます。
・・・・BC200年に大きい歴史の変化、縄文から弥生が沖縄にもあった事を暗示しているのでは。
ご指摘のこの件について、もうすこし深く掘り下げてみたいと感じました。
まず、小氷期による倭国大乱の様子について考えてみたいところです。
「その國、本また男子を以て王となし、住まること七、八十年。倭國乱れ、相攻伐すること歴年、乃ち共に一女子を立てて王となす。名付けて卑弥呼という。鬼道に事え、能く衆を惑わす。年已に長大なるも、夫婿なく、男弟あり、佐けて國を治む。王となりしより以来、見るある者少なく、婢千人を以て自ら侍せしむ。ただ男子一人あり、飲食を給し、辞を伝え居処に出入す。宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人あり、兵を持して守衛す。 」
下記はウィキの記載より。
建武中元二年(57年) - 倭奴国が金印を授与される。『後漢書』
永初元年(107年) - 倭国王の帥升が安帝に拝謁を願う。『後漢書』
倭国、男性を王とした七、八十年
桓帝と霊帝の間(146年 - 189年) - 倭国大乱。『後漢書』
173年 - 倭の女王卑弥呼が、使者を送って、新羅に交際を求める(二十年 夏五月 倭女王卑彌乎 遣使来聘)。朝鮮半島の『三国史記』新羅本紀:光和年間
(178年 - 184年) - 卑弥呼が共立され、倭を治め始める。『梁書』
こう見ていくと、秦野さん注目の倭奴国というのが、後の倭国と関係してくるように感じますね。
先の魏志の国名一覧でも「奴」のつく国が、個人的には奴国周辺に多くあったと考えてます。
そのうちに「倭国王の帥升」という記載が出てきますが、こちらは先述したとおり、女王国時代の「難+升(官職)+米」「弥馬+升」と類似の「帥升」の語を使用していることを考慮すると、女王国の原型となった国と組織であった可能性を感じます。「升」という語は、他の魏志の国には出てこないんですね。
AD50年前後あたりが、ひとつの倭人地域での変動の時期だったのではないでしょうか。
もちろん弥生人の先祖自体はBC200〜年あたりにやってきたものと感じます。
彼等は、室・楼観・城柵を設けるなど、大陸的な建築技術を有していた軍事・技術者集団ではなかったと考えてます。
ただ、ヒミコについては、「王となりしより以来、見るある者少なく」とあり、おそらくは政治も戦にもでかけず、完全に籠っていたようですね。だから見る人もいない。249年ごろにヒミコが死ぬまで50年近く籠っていたことになるでしょうか・・(・_・;)
あと、王でありミコである卑弥呼と、官職の長である難升米等とでは、魏王の対処の仕方も異なっているようですね。それはまた別記いたします。
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