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歴史掲示板

322秦野北斗:2012/04/20(金) 07:02:46
Re: 神代文字・追伸
管理人さんへのお返事です。


ペテログリフはあるが、神社にある理由が不明、古事記に入ります。
方位ラインのさざれ石からです。

さざれ石 神話を要約します。

猿田彦神社の『サルタヒコを送り届けて』の文章と猿田彦神社のさざれ石が結びつく。
http://blogs.yahoo.co.jp/sanaemac/27139090.html

猿田彦神社
http://ja.wikipedia.org/wiki/猿田彦神社

ニニギノミコトは、アメノウズメノミコトにこう言いました。
サルタヒコの神を送って行ってあげなさい。
アメノウズメノミコトは、サルタヒコを送り届けて帰って来る。
天皇にゆかりの深い神社、三重県松坂市にサルタヒコの神を祭る。
海で魚を獲(と)っていたところ
http://www15.plala.or.jp/kojiki/kuniyuzuri/kuniyuzuri_06.html

邇邇芸尊が天降りしようとしたとき、天の八衢(やちまた)に立って高天原から葦原中国までを照らす神がいた。その神の鼻長は七咫、背長は七尺、目が八咫鏡のように、またホオズキのように照り輝いているという姿であった。そこで天照大神と高木神は天宇受売命(あめのうずめ)に、その神の元へ行って誰であるか尋ねるよう命じた。その神が国津神の猿田彦で、邇邇芸尊らの先導をしようと迎えに来たのであった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/サルタヒコ

以上の文章からさざれ石はサルタヒコの残骸です。サルタヒコはのろしで光通信を目的とした物。用途は灯台、サーチライトで光はホオズキ、橙色。光通信距離は常陸、出雲、韓半島。常陸、伊勢、及び大和葛城、和泉葛城、四国高知、厳島、九州の大通信網が存在した模様。現存しているのが灯篭です。



> 下記に引用した三女神社のペテログリフを、同じく先に紹介した神代文字総覧サイトの中にある「節墨譜文字」、「法隆寺秘蔵文字」あたりの五十音文字表から解析してみました。
>
> どうも、「イロハニホヘト・・」という「ひふみ祝詞」のようです。神道で、盛んに唱えられた祝詞だそうで、いつの時代かに、石碑として刻まれたのでしょう。
>
> したがって、その「ひふみ歌」が成立した時期までには、おそらくはヘブライ語の文字・数詞・関連詩文、神話伝承等が日本に入っていて、その影響で、屯倉方位ライン上にあって宇佐・秦氏の影響圏内の安心院・三女神社で、このような碑文が刻まれたと解釈すべきかもしれません。
> 秦韓あたりから秦氏等が渡来して、その後奈良時代に至るまでに、どこかでヘブライ文化が流入したと考えるのが妥当な感じがします。その辺の新旧を、もう少し追求してみたいところです。
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