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歴史掲示板
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三輪山伝承と宮
https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000304_3M.jpg
秦野北斗さんへのお返事です。
> 方位ラインもう少しおおきいのでは。
>
> 根拠は、三角神獣鏡の半分の距離になっている。
> > この辺、数日かけてもう少し整理してみたいと思います。
秦野さん、さっそく情報ありがとうございます。
おそらく、崇神の後、成務に至る4世紀代に、先の四方区画をもうひとまわり大きくしようとした形跡が見えます。下記の図をご参照いただきたいのですが、開化・崇神期までの33キロの四方区画から、成務のときに、2倍の65キロまで伸ばしていることがわかります。
先ほど帰りの電車で古事記をまた読み直していたのですが、崇神天皇の時代になると、山代での反乱伝承を、越に向かおうとした大彦が退治する話がでてきます。この時期から後に、北方へと領域を広げようとした名残だと思います。
この図の最後にでてくる成努の後は、九州、河内へと宮が移っていくことになります。区切りがあるのですが、あくまでその後も大和の宮との関係は方位ラインにでてきますので、王権の継承が維持され続けたとみるべきでしょう。
それで、先ほど読んでいて興味深くおもったのは、崇神記の三輪山伝承です。
三輪山まで糸を伸ばしていく伝承がありますよね。その際に勾というリールみたいに糸を巻く道具がでてくるんです。それでその3回り分だけ糸が残っていたので、三輪にしたというんですね。
これが、つまり測量道具だと思うんです。
今も建築で糸はつかいますが、縄より糸のほうが正確に長さを出すことができます。そしてリールを使えば、そのリール径を知っておくことで、どのくらい糸が伸びて行ったかをしることもできます。
崇神のいた桜井茶臼山古墳北方の金屋の宮から、三輪山までは1.8km、マキムクからだと3.3kmありますが、その位の長さの糸と専用リールを用意していた可能性を感じます。
ミリ単位の鏡の直径(尺)の数値が、はるかKM単位の四方区画にまで反映していった背景には、正確にミリ単位で距離を計れる道具があったことを意味してます。縄や綱では太すぎてミリ単位にはなりませんから、やはり糸でしょう。
それで戸口の鍵穴から、糸が出て行くんですね。今の測量でもそうだとおもいますが、糸はデコボコの地面を這うより、少し空中に浮かしたほうが正確に距離がでます。
またその鍵穴というのが、後代の観念もまじっていると思うのですが、前方後円墳を暗示していたのでしょう。その古墳で区切られた四方区画を家、そして四方の辺を戸、四方の角で基点となる古墳を鍵穴と記したのではないでしょうか。鍵穴から糸が抜ける=古墳の上を方位ラインが通過していくという意味にも取れます。
先の山代の親族の反乱や、次の垂仁の代の反乱伝承の際にも、「前戸」「後戸」、それを通して「行き違い」が生じて、争いが起きてくる様子が描かれているのですが、当時も支配領域・区分での行き違いもあったことでしょう。測量面でも偏磁の関係で、四方区画の角度が変わってくるので、宮の動きにもジグザグな行き違いがおきてきてます。
あと、ロードメーターの件もお知らせありがとうございます。なるほど、そうすると「尺」と「円」がやはり四方区画にダイレクトにかかわってくる計算ですね。やはり鏡の円周と考えるのが自然です。
直径1尺の鏡の円周は0.8(咫)×4という観念がありました。鏡をロードメーター代わりにして、5回回転させると、16尺を得ることができます。それでうまく公倍数をつかっていけば、整数値の尺距離がだせたかもしれませんね。少しこの辺課題がありますが、よかったら計算してみてください。
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