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歴史掲示板
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西殿塚5度角ライン
https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000264M.jpg
https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000264_2M.jpg
そこで最後に、会報で掲載しました西殿塚古墳と桜井茶臼山を結ぶ西に5度傾いた方位ラインについて、その四方区画を作成してみましたので、お知らせいたします。
東西10.5km、南北12.1kmの四方区画です。これも漢尺ですが、先の10度角のものより短く、つまり古いということになりそうです。
東北角に西殿塚、西北は謎のホタテ貝型古墳の乙女塚古墳、西南角は孝安陵です。
東北の斜線上に、黒塚、巻向遺跡北東部、耳成山北部、神武陵、靖陵、畝傍山と並びます。
西北斜線上には、香具山神社があるようです。
また予想される中心地点から、5度角南に伸ばすと、孝元陵にぶつかります。
おそらくは後代に知られることのなかった2〜3世紀代の四方区画と感じるのですが、ライン上に欠史の陵墓が多いのに驚かされます。
なぜ5度傾くのか、先の10度角の事例とともに謎ですが、方位磁針にともなう偏磁曲線をみると、西に10度傾くのは、600年代です。その前は紀元前後でしょうか。
同じく西に5度角傾くのは、450年前後と、150年前後となるでしょうか。
あるいは、東西を逆に考えて、東に10度傾くのは、230年代、5度傾くのは170年代前後でしょう。
なお、偏磁曲線の特徴のひとつに、サイン曲線とのことで、短時間に東西へすばやく変化する時期と、あまり変化が見えない時期があります。
250年代までは、すばやく変化していたものの、それ以降350年ごろまでは、あまり変化がなかった模様です。その辺も都市の偏角の修正に関係していたかもしれません。
指南魚の角度が変わるたびに、南北を修正するために宮を移す必要があったのかもしれません再度その偏磁曲線と栃木の古墳の古墳軸との関係図も添付しておきます。ご参照ください。
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