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歴史掲示板

247管理人:2012/03/19(月) 06:36:13
奈良の方位ライン図
https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000255M.jpg

https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000255_2M.jpg

https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000255_3M.jpg

ちょっと徹夜して、奈良の古墳と遺跡を結んだ方位ライン図を作成してみました。
先の秋津遺跡の関連も理解しやすくなると思います。

東西10・5キロ、南北12・7キロ(斜め16.0)の四方区画になります。
10・5キロは先に論議したように里:420/4の漢尺です。

55度角の直角三角形も、先の九州の遺跡方位ラインの角度と同じですので、緯度と太陽の関連で測量したのかもしれません。

奇しくもキシが下記でご指摘いただいた10:12の曲尺関連と一致してきます。

巣山古墳、崇神陵の東西ラインをはじめとして、メスリ山古墳、宮塚古墳、マキムク石塚古墳、そして秋津遺跡を載せたラインですので、おそらくそれらの遺跡年代以前に作成されたものと感じます。

ご指摘の孝安陵等もラインに載ってくるでしょうし、後代の石舞台や飛鳥の宮関係も載ってくることを考慮すると、そのラインに乗る畝傍山・耳成山・甘糟丘と関連づけられて伝承された可能性を感じます。

下記ご指摘の秋津(宮)遺跡の中心部の位置は、これらの方位ラインのどれかに乗ってくると感じますので、よろしくご参照ください。後日もう少し誤差を修正した図をご提供いたします。







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