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歴史掲示板
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Re: 指南魚
管理人さんへのお返事です。
山幸神話は魏志倭人伝終了後、秦野も議論したい。磁石も面白いですな。海神の娘の豊玉毘売命が
海神の娘、・・・。
> 指南魚と引用画像についてはこちら。(図のヒシャクの部分は、鏡の丑の部分に覆いかぶさるよう上下が逆にとりつけられていたのでは?)
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> それで、再度、会報で紹介した山幸神話と、方位磁針との関係を調べてみました。
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> まず古事記のみですが、下記のような記載があります。
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> 「教えられた通り綿津見神の宮殿へ行き、そこで待っていると、海神の娘の豊玉毘売命の侍女が水を汲みに外に出て来た。火遠理命が水が欲しいと求めたので、侍女は水を汲み器に入れて火遠理命に差し上げると、火遠理命は水を飲まずに首にかけていた玉を口に含んでその器に吐き入れた。すると玉が器にくっついて離れなくなったので、侍女は玉のついた器を豊玉毘売命に差し上げて、事情を話した。不思議に思って外に出てみた豊玉毘売命は、火遠理命を見て一目惚れした。」
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> この箇所の器から離れない玉というのが、つまり磁石のことではないかと考えます。
> 書記のほうでは、玉の器(壷)と表現されています。
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> それで、今回気づいたのは、山幸彦自体を浮き木に糸でつるしてカゴのような容器にいれて水に沈める記載があるんです。
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> 「そして海辺に行き、彷徨い嗟嘆(なげ)いていると、一人の長老(おきな)がたちまちにして現れた。自ら塩土老翁と名乗り、「君はこれ誰ぞ。何の故にかここに患(うれ)うるや」と尋ねたので、彦火火出見尊は詳しくその事情を話した。老翁が袋の中の玄櫛(くろくし)を取り、地面に投げつけると、五百箇竹林(いほつたかはら)と化成った。そこで竹を取り、大目麁籠(おおまあらこ)を作り、火火出見尊(ほほでみ)を籠の中に入れ、海に投げ入れる。あるいは、無目堅間(まなしかたま)(竹の籠)を以ちて浮木(うけき)(浮かぶ木舟)を作り、細い縄で彦火火出見尊を結びつけて沈めたと言う、とある。
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> すると、海の底に自ずから可怜小汀があり、浜の尋(まにま)進むと、すぐに海神の豊玉彦(とよたまひこ)の宮に辿り着いた。」
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> 大目麁籠、無目堅間と呼ばれる容器に、細い縄で山幸彦を、水に浮かぶ木に結びつけて、沈めるんですね。そのおかげで自然と無事航海できたという内容なんです。羅針盤=航海の関係ですね。
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> 山幸彦は彦火火出見尊とも呼ばれて、火の燃え盛る様子をイメージしていると言われますが、いわゆる製鉄関連だと思います。その最後に出来上がったのが山幸彦、鉄のことなので、神話でも鉄の刀から1000本の鉄針を作る話が出てくるのでしょう。鉄;鉄の針=山幸彦なんですね。そしてその山幸が容器から離れない磁石のような玉を吐き出すわけです。
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> そして、その鉄針は、下記の伝承のように、赤魚のノドに刺さっていたのですが、これが先の指南魚なんです。魚型の木片に磁化された鉄針が刺さっています。
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> 「海神は海の魚たちをすべて集め、その釣針を求め尋ねると、一尾の魚が「赤女(あかめ)久しく口の疾(やまい)有り。 或は云う、赤鯛。 疑うらくはこれが呑めるか」と答えた。そこで赤女を呼んでその口を見ると、釣針がまだ口の中にあった。」
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> 古事記では特に下記のように呪術的な要素も表現しています。針を手に持っていく表現に留意したいところです。
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> 「海神は釣針と鹽盈珠(しおみちのたま)・鹽乾珠(しおひのたま)を火遠理命に差し出し、「この釣針を兄に返す時、『この針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針(憂鬱になる針、心が落ち着かなくなる針、貧しくなる針、愚かになる針)』と言いながら、手を後に回して渡しなさい。」
> 『此鉤者、淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤』云而、於後手賜【於煩及須須、亦宇流六字以音
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> また書記の一書では、先の玉碗が、鏡のように左右逆に顔を映し出すことが見えます。
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> 「あるいは、豊玉姫の侍者が玉壼に水を汲もうとしたが、満たすことができなかった。井戸の中を覗き込むと、逆さまに人の咲う顔(笑顔)が映っていた。そこで仰ぎ見ると、一人の美しい神がいて杜樹に寄り立っていた。」
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> これが三角縁神獣鏡の背面に水を溜めた様子を表現したのではないかと先の会報で考えました。その玉碗・つまり鏡が砕け散るというこんな記載もあります。
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> 「、門の前に一つの良い井戸があり、井戸のほとりに百枝(ももえ)の杜樹(かつらのき)があった。 そこで彦火火出見尊その樹に跳び昇りて立る。すると海神の女(むすめ)手に玉鋺(たまのまり)を持ちやって来て水を汲まんとする。人の影が井戸の中にあるのを見て、仰ぎ見るや、驚いてお椀を落とした。お椀は砕け散ったが、顧(かえりみ)ずして帰り戻り、父(かぞ)母(いろは)に、「妾、一の人、井の邊(ほとり)の樹の上に在るを見たり。」
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> どこか多くの三角縁神獣鏡が破砕されている様子を想起させますね。砕け散るのを無視して常世の国の父母、つまり西王母・東王父?に報告することで、その鏡に映し出された墓の主もその世界へ案内されるわけです。
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> よって、山幸神話というのは、羅針盤をもって航海した民族の伝承によるものだといえるでしょう。それが神武天皇の祖先にあたるわけでして、先述の椿井大塚山古墳から釣り針と三角縁神獣鏡がたくさん出てくる所以と考えます。
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> そしてその三角縁神獣鏡の背面に水をいれて、さらに指南魚を浮かべることで、羅針盤をつくりだしたのでしょう。
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> もともと鏡は、先のとおり定規だったものの、それに魏の時代になって新たに方位磁針の要素を背面に加えることで、活用性が広がって、古墳の方位決定や測量に関係していったのだろうと感じますね。
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