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Re: 会報
https://img.shitaraba.net/migrate1/8220.toraijin/0000215_2M.jpg
秦野北斗さんへのお返事です。
> 方位ライン、秦野は古事記の文章に同様のものが存在するのを確認しています。
> 中国史籍にも、同様の文章がある。まだ、実証確認はしていない。
さっそくお知らせありがとうございます。記紀でもすでに見えますが、いつの時代も測量してたようですから、神話や、中国・朝鮮文献にも、方位ライン、つまり測量記載はあるはずだと感じますね。
それで、再度九州の方位ラインと遺跡距離を確認してみました。その方位ラインの最新図を添付いたします。
わかりにくいと思うのですが、縦横斜めの方位ラインと、その上に乗る遺跡、そしてライン上の数値がその遺跡間距離です。以前把握して数値よりさらに正確な数値がでてきて、ちょっと1里の距離解釈が変わりそうです。
要約すると、九州の弥生中期の遺跡を結ぶ方位ラインの四方区画は、下記の数値(距離)を「7倍」あるいは数等分した距離に相当します。下記のようにそれらの距離が多数出てきてます。東西を基礎距離として、それに特定の角度をつけて測量したようです。
(東西)15.0×7=105KM → 30 → 6
(斜辺)27.5×7=192.5KM → 55 → 11
(南北)22.57×7=158KM
6:11(斜辺)の直角三角形(55度角)
27.5〜7KM ×3 = 82.5KM ×5 = 412.5KM が 1単位
ということになります。したがって、先の引用資料によれば、前漢後半の尺が。その412.5キロメートルに該当するとおもわれますので、これらの弥生中期の遺跡年代と一致してきます。先の楽浪漢人の流れでしょう。
> 【周・春秋戦国・前漢(BC10〜1世紀)】
> 寸:2.25cm/尺:22.5cm/丈:2.25m/歩:1.35m/里:405m
> 【新・後漢(1〜3世紀)】
> 分:0.2304cm/寸:2.304cm/尺:24.12cm/丈:2.304m/
> 歩:1.3824m(6尺)/里:414.72m(300歩)
> 【魏(3世紀)】
> 分:0.2413cm/寸:2.412cm/尺:23.04cm/丈:2.412m/
> 歩:1.4472m(6尺)/里:434.12m(300歩)
ただ、問題は魏の測量は、上記の前漢代・弥生中期のそれとまったく違うということですね。434KMやその8分割のルート値で76・5KM、ここにはやはり周髀算経の8尺関連の数値も関係しそうですし、そして指南魚・車という、漢代にはなかった方位磁針が絡んでくるので、奈良の古墳や遺跡の方位は、東西にブレはじめるわけです。
方位ラインの痕跡を見つけるのは、あらゆる時代で測量してますから、実はたやすいのですが、方位磁針を使用したかどうかの証明は正直、まだ十分な確信を得れてません。
ご指摘の指南車もあったでしょうし、魏の文献にはすでに方位磁針が見えるものの、それを軍事測量や風水関連で使ったかどうか、その辺の裏づけが取れてないんです。何か頭を一ひねりしたいところですね。
あと、秦野さんのご本を一両日中に購入いたします。また研究会のHPのほうでも、推薦図書として紹介させていただきたく感じてますので、よろしくお願いします。
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