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歴史掲示板
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Re: 地理について 「一里=435メートル」
秦野北斗さんへのお返事です。
さっそく情報感謝します!
> 今回、里について検討します。どうも、文献データーは政権の影響が見え隠れしていますな。実際の距離があり、掛け率で分配があったと考えるべきではないか。【周・春秋戦国・前漢(BC10〜1世紀)】〜【明(14〜17世紀)】までの里を見ると里は405〜559.8mまで154m増加している。領土の拡大と政策によるもと考えると政権ごとに領地の拡大が生じることになる
> 【周・春秋戦国・前漢(BC10〜1世紀)】
> 寸:2.25cm/尺:22.5cm/丈:2.25m/歩:1.35m/里:405m
> 【新・後漢(1〜3世紀)】
> 分:0.2304cm/寸:2.304cm/尺:24.12cm/丈:2.304m/
> 歩:1.3824m(6尺)/里:414.72m(300歩)
> 【魏(3世紀)】
> 分:0.2413cm/寸:2.412cm/尺:23.04cm/丈:2.412m/
> 歩:1.4472m(6尺)/里:434.12m(300歩)
なるほど、こう見ると、魏の尺度の数分の1がやはり九州諸遺跡に関係する尺度に近くなりますね。でもあの遺跡は弥生中期のものですから、本来は漢代もしくは以前のものが使われるべきですよね。
ただ、大工が使う曲尺というのがあって、これはあまり変化しなかったそうです。
漢代は23.09cm
http://ja.wikipedia.org/wiki/尺#.E6.AD.B4.E5.8F.B2
あと、先の435を8で割ってルートで77になる件ですが、8に関する観念としては、八尺鏡の件があります。
「従って 1 咫は 0.8 尺である。日本の八咫鏡は円周 8 咫、すなわち径 2 尺という意味である。後漢の尺は 23.04cm であるから、直径 46cm 前後の円鏡を指し、現在 4 枚の出土例がある。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/咫
23.04cmの鏡の8倍もしくは8分の1あたりを、1つの測量の基準単位として、九州で測量していったのではないでしょうか。
そうすると、鏡は大工の定規とかコンパスとかいう使用法になりますね。鏡を車輪みたいに転がしていけば、正確な距離が測れたはずです。角度は周囲の文様なり、キョ歯紋で計ればいいわけですね。
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