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歴史掲示板

150管理人:2012/03/12(月) 02:13:56
Re: 三韓
秦野北斗さんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> 現在の年代を元に探るのは不可能なので、新しくアマテラス辺りから年代の線を引きましょうか。
> 秦あたりからどうでしょうか。紀元前200年

了解です。確かに秦韓の文化を考える上で、再度秦からざっとおさらいしておく必要がありそうですね。


http://ja.wikipedia.org/wiki/

始皇帝廟
http://ja.wikipedia.org/wiki/始皇帝陵

辰韓
http://ja.wikipedia.org/wiki/辰韓

秦韓伝
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/sankan-sinkan.htm

秦韓伝で秦との関連でつながりを持ちそうなのは、秦語、城柵、牛馬の使用、製鉄技術、養蚕、瑟(しつ=弦が25本か16本の琴)といったあたりです。


http://kasuya.s327.xrea.com/koto/cyclopedia/koto1_03.html

養蚕とアマテラス神話
http://ja.wikipedia.org/wiki/カイコ

そのほか
「その頭を扁平にするため、皆でこれを石に押し付ける」の習俗

「そこでは国を邦、弓を弧、賊を寇、行酒を行觴(酒杯を廻すこと)と称し、互いを徒と呼び、秦語に相似している」

非常に興味深いサイトがあります。下記引用します。
秦韓人の祖先とダイレクトに結びつくかもしれません。

扁平頭と長髪(2)

「辰韓人、亀慈人、佉沙國(カーシャ)は、扁平頭の習俗を保つ人々でした。」
http://blog.livedoor.jp/nanamihantaro/archives/5237031.html

「2、大唐西域記
カシュガル地域の佉沙國[ヤルカンド]の風俗
ヤルカンドは、西域北道、西域南道の交差点で、南道への近道です。佉沙國は、莎車(ヤルカンド)です。玄奘は、帰途、パミール南の瓦罕谷(ワハン渓谷)を登って、ヤルカンドへ行きました。
佉沙國の風俗は、生まれた赤子の頭を押さえて扁平にする。容貌は卑しく、文身[いれずみ]をし、碧い眼をしている。

なお、カシュガルは、喀什?爾、喀什と書くが、大唐西域記の解説地図は、カシュガル表記ですが、実際はその南のヤルカンドです。ここも現在のカシュガル地域です。なお、カシュガルは、疎勒地区も含む。
現在はウイグル人が多く住む。ウイグル人は、混血で目が碧いが顔色は黄色いと、紀行文で司馬遼太郎はいう。

3、和田(コータン)
玄奘は、643年、瞿薩旦那国(クスタナ)に着く。昔の于塡国、和田(コータン、ホ―タン)です。クスタナは、梵語ゴ―スターナの音訳で、「地乳」の意という。(長沢和俊)
地の乳は、秦人に似た言語「乳」を五穀という。辰韓を想起します。
また、楚国の人も、乳と書いて穀という。

上記の年代差が800年以上あります。
扁平頭にする風習は、そんじょそこらに無い変わった連中です。

4、亀慈人は、子供が生まれると頭を木に押し付けて、平べったい頭に作ろうとする。妙な風習で、辰韓人に同じです。

5、西突厥の顔と髪
627年、東ローマ(ビザンツ)のヘラクレイオス帝と西突厥可汗軍は、現在のグルジア国、トビリシを包囲した。一回目の攻撃でのトビリシ人の突厥人描写。
西突厥の姿は、長い髪の弁髪。かぼちゃ顔、二目と見られぬ醜い、まつ毛の無い、だだっぴろい顔の人と描写する。
退却する突厥に対し、城壁に大きなカボチャを載せて、
「ヤ―イ、かぼちゃ顔の人よ、帰って王にお辞儀するがよい」という。
髪を長く伸ばして、垂らす女の姿の太群が去って行った。女:男のこと。

突厥族の中に、カボチャ顔の人あり。これも珍しい。
頭を平たくして、前から見れば、デコが大きく見える扁平頭と関係あり。
玄奘は、631年ころ、西突厥の王に会った。髪の長さ一丈ばかりという。

秦の国から逃れる人々
前221〜前205年、秦の苦役で、西域へ行った人も、在ったのではないか。
また、広東省へ行く人、斉の山東半島僻地に留まった人もあったのではないか。当然、日本にも秦氏は、来ています。[姓氏録]

382年、前秦の符堅がいう。慶州新羅は、どうして長い髪をしているのですかと聞いて、いぶかしがる。秦書の逸文(太平御覧四夷部に所引)
この時は、日本百済が通訳としてゆくが、このくだらは「高麗、新羅、俀、中っ国人」です。韓国のぺクジュ(百済)ではない。
また、日本では、300年代、武内宿禰が率いる軍も長髪で、長髪を才槌頭(長髪を二つに分けて、木槌の状)にしていた。髪をほどけば、弓矢を髪に隠せるのでした。この頭髪は、韓にも居ました。

http://blog.livedoor.jp/nanamihantaro/archives/2011-06.html




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