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歴史掲示板

147秦野北斗:2012/03/10(土) 00:19:49
Re: 三韓
管理人さんへのお返事です。

相変わらず鋭いですな、神功皇后の伝承そのものです。

神功皇后(じんぐうこうごう、成務40年(170年) - 神功69年4月17日(269年6月3日))

http://ja.wikipedia.org/wiki/神功皇后

卑弥呼(ひみこ、170年頃 - 248年頃)は、『魏志倭人伝』等の中国の史書に記されている倭国の王(女王)。邪馬台国に都をおいていたとされる。封号は親魏倭王。後継には親族の壹與が女王に即位したとされる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/卑弥呼

京師の東六千里,京師は三角縁神獣鏡の銘文に出てくる地名。
神功皇后、卑弥呼の年代が合わない。この矛盾を解くため邪馬台国の位置が重要に成る。

http://homepage2.nifty.com/watcher/hatano17.htm

http://homepage2.nifty.com/watcher/hatano2.htm

秦野の調べでは卑弥呼の死後、邪馬台国に壱輿が居た模様。その後、邪馬台国は神社になり現存している。言えることは神功皇后の年代が間違っていることです。286年は重要な意味を持つ。
また、この神社に神功皇后が祭つられている。

> > 286年、再び慕容廆が遼東を侵略するが、王子の依羅が西晋の援助で扶余国を再建した。
> > この依羅には日本の王朝に関わる奇妙な伝承がある。「慕容瘣に敗れた扶余王の依羅が、数千の民を率いて海を越え、倭人を平定して王となった」というもので、名前のイリから、嵩神天皇(みまきいりひこ)ではないかとされる。




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