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歴史掲示板
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先史時代のヨーロッパ人とY染色体ハプログループ
イギリスで巨石文化を作り上げた人々に名前がついていない。とりあえず巨石人と書いたが、ビーカー人、ケルト人、ブリトン人との接続がよくわからない。今日では先史時代人類学の基本となっているY染色体ハプログループによってあとづける。
最初のサピエンスはハプロC1a2人
ヨーロッパに到達した最初のホモ・サピエンスは、アフリカ以外のすべての世界と同じくY染色体ハプログループCであった。その中でも最初の分岐に近いハプログループC1a2である。C1a1-M8とされる日本最初の渡来人と近縁関係にある。4万年前に始まったオーリニャック文化の担い手と考えられ、ハプログループIが渡来するまでは、ヨーロッパ人類の主流であった。
アルメニアで生まれたハプログループI人
Y染色体ハプログループIは、4万年前に現在のアルメニア付近で発生した。下位系統の分岐は3万年前に始まっており、この頃から小アジア・コーカサス方面へ展開を始めたと考えられる。32,000-22,000年前にヨーロッパに至り、コンゲモーゼ文化などを担ったとされる。
クロマニョン人はI2a人
13,000年前のクロマニョン人がスイスで出土され、ハプログループ I2aであることが明らかとなった。このことからクロマニョン人は I2a人と考えられる。
農耕と巨石文明をもたらしたハプログループG2a人
ハプログループI人(クロマニョン人)は狩猟採集民だが、その後にハプログループG2a人がやってきて、農耕と巨石文明をもたらした。ハプログループGはハプログループFの子系統で、1〜2万年前にジョージア付近で発生した。非印欧系集団と考えられる。ハプログループG2aはGから分離した後、紀元前5000年ころからヨーロッパに移住した。彼らは新石器文化と農耕技術を備え、ハプログループ I2a人を巻き込んで文明をもたらした。紀元前5000年〜紀元前3000年のヨーロッパの人骨の多くはハプログループG2aである。現在もコーカサスとカザフスタンで最多頻度を示しているが、ヨーロッパではまれな存在となっており、後続人種に駆逐された可能性がある。
アイスマンはG2a
1991年にアルプス山中で発見された約5,300年前の凍結ミイラ・アイスマンはG2a2a1bだった。あまりにも急激なG2a人の衰亡は、彼らに対するジェノサイド攻撃があったことを示唆する。
ハプログループRの出現
ハプログループRはハプログループPから分岐した。その出現は2万〜2.5万年前とされ、ハプログループGとほぼ同時期の分岐の可能性がある。
親系のハプログループPが非常に奇妙な移動を行っており、おそらく未確定。中央アジアに到達したハプログループP人がハプログループRに分岐し、その後も東西に移動拡散を繰り返している。おそらくは半ば狩猟、半ば遊牧の生活を送っていた。
R1b人の武力進出
R1系統は最終氷河期の後に拡散を開始した。一部がインド北部から中央アジアや東ヨーロッパに進出(R1a)、残りが西欧・南欧に進出(R1b)した。R1b人は青銅器文明(武器)を伴って西ヨーロッパまで分布を広げた。今日のバスク人やケルト系民族に80%以上の高頻度に存在する。
ただイギリスで実際にG2a人を駆逐したビーカー人とケルト人は異なっていると見られ、なお検討を要する。
http://ume.sakura.ne.jp/~edo/yukimura.html
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