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Re: 久武神社(くむじんじゃ)火守神社(ほもりじんじゃ)
青面金剛さんへのお返事です。
神奈日山(仏教山)をちょっとネットサーフィンしてみました。
ホームページアドレス いずもる | 石神だらけの神名火山 仏経山 (izm.gr.jp) に、「神奈日山(仏教山)の山頂にあった伎比佐の社が北の曽枳能夜神社(そきのやじんじゃ) と南の阿吾神社(あぐじんじゃ)にそれぞれ別けて祀られるようになったのかもしれない。」と書かれていました。
曽枳能夜神社(そきのやじんじゃ) には、「夜」があり、阿吾神社は、出雲風土記に「阿具社」と記されている。とのことで、「阿具」と言えば阿具沼を連想しますね。そして、古事記には、
また昔、新羅の国王の子ありき。名は天之日矛(アメノヒホコ)といふ。この人参渡り来ぬ。参渡り来ぬる所以は、新羅国に一つの沼あり。名は阿具奴摩(アグヌマ)といふ。この沼の辺に一の賎しき女、昼寝したりき。ここに日の耀き虹の如くその陰上(ホト)を指しき。また一の賎しき夫ありて、その状を異しと思ひて、恒にその女人の行を伺ひき。かれ、この女人、その昼寝せし時より妊身みて、赤玉を生みき。ここにその伺ひし賎しき夫、その玉を乞ひ取りて、恒に裹(ツツ)みて腰に著けたりき。とあります。
「日の耀き虹の如く」とありますから昼ですね。一方、北は子の方角で、子の刻(ねのこく)は深夜0時を中心とする約2時間ですね。よって、曽枳能夜神社は北の夜、阿吾神社は南の昼で合いますね。もう少し十二支から深く考えると、子年・千手観音菩薩,午年・勢至菩薩(馬頭観音を隠しるのでは?法然は、幼名:勢至丸で、漆間ですからね)なので、観音様を南北にフィフティー‐フィフティー(fifty-fifty)。千手観音菩薩の「千手(せんじゅ)」とは、「千=川・山・船」寿かな?
> 弓張月さんへのお返事です。
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> > 加毛利神社(かもりじんじゃ)ですが、「加毛利」の大元の字は、「加(か)」は火・日、「毛(け)」=化=か、利(り)で、「光(ひかり)」だったのでは?
> > もし、そうだとしたら「かもり」とは、「比嘉(日下)の里」と「日の守(森)」のフィフティー‐フィフティー(fifty-fifty)の意味で、具体的には「山幸彦」とワタツミ・ワダツミ(海神・綿津見)で一対〔八十八(=矢+矢)〕の百となるようですかね?
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