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歴史掲示板
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Re: 千余里
秦野北斗さんへのお返事です。
> 自帯方至女國」帯方から女國に至る。万二千餘里。これはもろに韓国です。
>
「自」は一般的には『・・・・より』と翻訳され起点を意味すると言われています。
起点とすることは問題ありませんが『・・・・より』という解釈には問題があります。
清代段玉裁『?文解字注』に
鼻也。象鼻形。此以鼻訓自。而又曰象鼻形。王部曰。自讀若鼻。今俗以作始生子爲鼻子是。
とあるように、
数人の子が有り、『始生子』が『鼻子』で「自」に当たる。
幾つかの「郡」が有ってその最初の「郡」が「自郡」。
又「自郡」と記述する時その視点は国都である。
「自帯方郡」と記述する時、視点は「帯方」で「起点も帯方」です。
その「視点、起点である帯方」から幾つかの「郡」通過して「女国」に至るを、
「自帯方至女國」と記述されれる。
「帯方」から「韓国」方向への「郡」は存在しませんから、必然的に行程方向は大陸へ向かう。
> 帯方郡から倭国に至るには水行で海岸を循って韓国を経て南へ、東へ、7000余里で倭国の北岸の狗邪韓国(くやかんこく)に到着する(「従郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國七千餘里」)。
は、
魏志であり魏略の原文ではありません。また、魏志の原文は、
「自郡至女王國萬二千余里」で、『帯方』との記述はありません。
「自女王國」と「女王國」も同じ様に峻別して解釈しなければなりません。
「自女王國」が「對海【馬】國」ですから「女王國」との記述は邪馬壹【臺】國と同義です。
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