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歴史掲示板

10201管理人:2020/01/28(火) 01:48:27
卜占
秦野さん、またお返事ありがとうございます。

甲骨文字の起源、気になるところですね。

日本でも下記のように、卜占に類するものが古代からあります。


牡鹿(おじか)の肩甲骨を[2]波波迦(ははか)(カニワザクラ、カバザクラ、カンバなど上溝桜(うわみずざくら)の古名[3])の樹皮を炭火にしたもので焼き、その町形(まちがた、骨の表面の割れ目の模様[4])によって占う[1][4][3](『古事記』天岩屋戸段[5])。鹿の骨を用いることから鹿占(しかうら)とも称される[1]。「ふと」は美称[4]。
古代日本において行われた[1]。『古事記』では、伊弉諾(いざなき)尊、伊弉冉(いざなみ)尊が国土生成のおりに、いかにして良き子を得ることができるか問うたところ、天つ神(あまつかみ)が太占によってうらなって教えてくれた、とみえる[5]。『魏志倭人伝』に「骨を灼きて以って吉凶を占う」とあるのはこの太占のこととされる[3]。
のちに、中国から亀卜(きぼく)の方法が伝わるとこれを神祇官の卜部氏が管掌して廃れた[6][3]が、現在でも東京都の武蔵御嶽神社[7]・群馬県の貫前神社[8]でのみ行われている。
/toraijin/bbs?M=JU&;JUR=https%3A%2F%2Fja.wikipedia.org%2Fwiki%2F%25E5%25A4%25AA%25E5%258D%25A0


魏志倭人伝に出てくるというのは興味深いところで、弥生時代に日本に持ち込まれたとすると、その起源は中国にあった可能性がありそうですが、縄文時代には卜占の痕跡は見えないようですね。動物儀礼の可能性は指摘はされてますが。

こちらなど参照。
/toraijin/bbs?M=JU&;JUR=https%3A%2F%2Fwww.city.ichihara.chiba.jp%2Fmaibun%2Fisekifile46.htm


仮に殷の王族が日本へ渡来したならば、卜占もやっていてもおかしくないのですが、いまのところその痕跡はないとのことですね。





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