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参考…神輿の黙示録…
何故、藤原氏は騎馬民族史を抹殺・隠蔽したのか /toraijin/bbs?M=JU&;JUR=http%3A%2F%2Fminna-hiroba.com%2Fkodama%2F2019%2F02%2F17%2Fpost-70%2F
日本列島史を調べようと、仏教渡来よりも古いと信じられている神社の歴史を調べても、日本列島の黎明期を知ることができないでしょう。そして、神代の昔の文字と信じられている神代文字を調べてみても、知ることはできないでしょう。
それは、神社が、古墳の上か、その近辺に建てられているからです。古墳は、日本全国で紀元三世紀から七世紀まで築造されていたのです。その古墳の上に神社を建てるには、古くても三世紀、新しくても、七世紀以降でなくては建てられないのです。
日本列島の岩手県以南の全国に古墳を築造した民族は、六世紀北九州に渡来、そして七世紀に飛鳥ヤマトに渡来した仏教国際組織に壊滅され、その居住跡に仏寺、その後に、古墳上に神社が建てられていたからです。ですから、それらの神社から発見された神代文字なども、そう古くはないのです
…日本古来の神話が語られていると信じられている「古事記」の神話から、日本列島の黎明期を知ろうとしても、その目的は叶わないでしょう。それは、「古事記」は、平安初期812年秦氏末裔多人長が、720年藤原氏が創作した「日本書紀」の神話に対抗して、先祖からの伝聞を基に創作した物語であるからです。
その日本古来の神話と信じられている物語には、ギリシャ神話とソックリなところが多くあるのです。それは、多人長の祖秦氏とは、ギリシャ文化国バクトリア→騎馬民族国大月氏(亡命百済王朝の第三代嵯峨天皇が、814年創作した「新撰姓氏録」では「弓月国」と表示。)→ギリシャ・ローマ文化国新羅(秦羅)から渡来した民族であったからです。
「古事記」神話のクライマックスである、天皇家の祖神と信じられている天照大神の天岩窟物語が、ギリシャ神話ソックリなのは、秦氏祖の渡来元が、ギリシャ文化国バクトリアであったからです。
何故、バクトリアが大秦国と呼ばれたのかは、紀元前221年バクトリアが中国大陸で興した国が、「秦国」であるからです。ですから、その秦国の母国のバクトリアが、大秦国と呼ばれたわけです。
そして、紀元前146年ローマ共和国が、ギリシャのカルタゴを滅ぼし、ギリシャ植民都市国家を呑み込むと、中国の前秦は、絹貿易の相手国である紀元前27年建国のローマ帝国も「大秦国」と呼んだのです。オリエントから渡来の秦氏とは、そのようなギリシャ・ローマの歴史を持った民族なのです。
この天岩窟物語とは、スサノウの狼藉により天照大神が、天岩窟に隠れてしまったのを、アメノウズメが裸踊りで誘い出す物語です。しかし、この日本神話の天岩窟物語はオリジナルではなく、ギリシャ神話の地母神デメテルと巫女バウボーとの物語を基に創作されていたのです。ギリシャ神話では、
ある事件により塞ぎこんでいる地母神デメデルに、薬草を飲ませようとするが、拒んで飲みません。そこで、巫女バウボーは、裳をまくり女陰を露出すると、下腹部から女陰にかけて描かれた卑猥な顔が、笑いながら現れたのです。その下腹部をよじらせながら巫女バウボーが踊りだすと、地母神デメデルは笑い出し、元気をとりもどし、薬草を飲んで、生成の活力をとりもどした、という物語です。
学校で教える日本列島史は、藤原氏が創作した「日本書紀」を基に創作されているのです。
…ローマン・グラスが、高句麗や百済の古墳から出土しないで、百済の隣国新羅の古墳から出土するのは、ギリシャ・ローマ文化国新羅が、草原ロードの騎馬民族系だからです。
そして、そのローマン・グラスは、聖武天皇の遺品を納める正倉院にあるのは、聖武天皇が、騎馬民族系、新羅系天武天皇の流れにあったからです。因みに、正倉院の校倉造りとは、南方系建築様式などではなく、騎馬民族スキタイの越冬用建築様式であったのです。
…六世紀の飛鳥ヤマトには、騎馬民族突厥(チュルク=トルコ)文化が存在していたのです。藤原氏は、720年「日本書紀」の創作で、騎馬民族文化を消し去ったつもりでいても、「日本書紀」の中で、蘇我稲目の息子蘇我馬子の娘を、「刀自古郎女」と記述しているのです。「刀自古」とは、「トルコ」のことで、それは、「突厥」のことなのです。つまり、飛鳥ヤマトでは、蘇我馬子の娘は、「突厥の娘」と言われていたのです。因みに、架空の人物厩戸皇子(後に聖徳太子に変身)の母は、孔部間人王と云うことですが、間人(はしひと)とは、飛鳥ヤマト時代では、ペルシャ人のことだったのです。
では、藤原氏は、何を目的に、飛鳥ヤマトのオリエント渡来の騎馬民族文化を、仏教文化で、抹殺・隠蔽したのでしょうか。それは、騎馬民族スキタイ末裔突厥と伴に渡来した、高度各種技術を保持する部族連合の秦氏が存在したからです。秦氏は、遥か古のヒッタイト帝国出自のヨセフ族末裔(イスラエルの祖)で、レビ族(ユダヤの祖)出自と唯一神ヤハヴェの秘密を知っていたからです。
ですから、レビ族末裔、南インドから渡来した祭祀氏族である中臣族から変身した藤原氏には、その「消されたイスラエル十部族」の最後に残る秦氏一族は、聖滅しなければならない部族だったからです。藤原氏が、レビ族アロン一派により改竄された「旧約聖書」、百済史を基に創作した日本列島史とは、秦氏の歴史的「聖滅」が、大きな目的のひとつだったのです。
秦氏の歴史的聖滅を願う藤原氏に、危惧したことが起こるのです。それは、反ユダヤ・キリスト教のパモス島のヨハネが創作した「ヨハネの黙示録」のような、反藤原氏・反亡命百済貴族の秦氏末裔多人長が創作した「古事記」が、平安時代に現れたからです。
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