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明主様
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離脱(御尊影を護りぬく)
何か独壇場になって申し訳ないと思うんですが、 投稿させていただきます。(一番)
◆新健康協会
「教長様お導き集」、第一集、昭和30年3月21日から
(抜粋)
「昭和29年 (1954年) 6月15日に、明主様の 御肉体を通して主神様を拝んだ。
これはどうする事も出来ない。あれが型なんですから、 何れ、ああいう状態になるんです。 その時に私が先達して明主様に、(メシヤ降誕仮祝典の時)
「 全てのものに変わりまして、罪のお詫びを申し上げ、今後のご守護をお願い申し上げます。」
という言葉を申し上げた。
神様は何でも型で示すと仰しゃった、重大な型の一つです。
私がそうしてお詫びするという事が、本来なら本当です 。お詫びにしても色々ある。
肚の中の汚い者がお詫びするのと、綺麗になった者がお詫びというのは、やはりお守り様は全部同じお光をくださる。だけども、各人浄霊力が違ってくるというのと同じ処がある。
色んな体験を通して例え一人であろうが、明日からでも直ちに人を救うという、自分と同じ気持ちの人がどれくらいあるか、
一人ではないもの、また元気がつくという気持ちで、さっぱりしました。
心ある人は色々訪ねに来ました。 私は誰にも、一つも嘘も隠しもせず、当たり前の話をした 。
熱海におります時、新聞記者が私に会いたがっておった。内輪(うちわ)の事を新聞記者に発表して、どうこう言う問題ではありません。
一つの対症療法になってしまいますから、
新聞記者に(教団側が)私を会わせなかったのが、やはり神様がそういう風にしてある。教理と言いますか、つまりメシヤ教の本筋というものはみ教にある。
その教えの方の総大将(理事長)は、私がやっているという事は彼らは知っているのですよ。知っていながら会わせぬよう、会わせぬようにしてあるから、
うまい具合に分からないのですね。」
(後略)
これは 新健康協会、創立者、木原義彦先生が当時は理事長で トップの座におられましたが。
明主様が御帰天になられて、 渋井総斎 の息子さんが書かれた本には、木原氏が 教団と渋井先生を落とし込めた中心、と書いてありましたが 、
ここでははっきりと、そうではなく、教団側に 策略を持つ者がいた。そこで離脱をして
木原先生は御尊影を守られました。
教団側は
明主様がメシヤとなられて発表されたお言葉(御尊影を御神体に)これを隠してしまいました。
今だに教団と信者は知りません。
奥様の書かれた ものを御神体と信じ祀られている。
教団は御尊影を御神体にはしませんでした。
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