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明主様
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「大日本観音会」総本部発会式
昭和10年、東京上野毛の邸宅 (現 五島美術館)を入手して総本部とし 、玉川郷(宝山荘)と命名、 昭和10年 10月10日、「大日本観音会」総本部発会式が催された。この時の会員数は約600名、支部は11箇所に増えている。
救世求人の門出の日、昭和10年(1935)の元旦「大日本観音会」の発会式は応神堂から約500 M しか離れていない、麹町区麹町 一丁目七番地一の仮本部において、午後6時から行われた。
(中略) それに先立つ真夜中の午前0時、教祖の筆になる「日之出観音」像を御神体に迎えて、その鎮座祭が執り行われたのである。(中略)信者 が18名が参集した中で、まず教祖が『天津祝詞』を奏上し、続いて教祖先達の元に一同恭しく、『善言讚詞』をはじめとする祝詞と讚歌を 唱和した。
(当時、参列された木原先生の講話によれば、この時、初めて 写真、 白テントの中で 明主様のお写真が、お祭りされたとあります。)
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