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明主様
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(無題)
勉強中さん。渋井先生の記憶違いだと思います。明主様による改訂は、メシヤとならせ、の挿入だけではありません。昭和26年の讃歌集では、仁愛(みろく)の御手に帰一され、という一文が入っていませんでしたが、30年の讃歌集では挿入されています。また、このF氏とI氏というのは藤枝先生と岩松先生のことです。理事会で善言讃辞には仏教用語が多過ぎると発言されたのが、岩松先生で藤枝先生は管長という立場で監修されました。岩松先生というのは、教団の変化期において度々、登場されますね。昭和46年に光明神殿落成においては、地下室に大光明真神と五秘仏観音、大光明の三体を祀る様に主張されましたし、四代様が東方の光において大光明を御神体と定められた時も、光如の落款はこれだけであると主張され、大光明が御神体であるとして制定させました。小川先生曰く、岩松さんは霊罹りだったとのことでした。
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