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明主様
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天照大神
《日本人の霊的考察》(上)
(昭和26年御発表)(前略)
『 天照御大神が最高 最貴の神とされており、しかも日本天皇の御祖先ともされており、日本における神宮中の最高の神位として、伊勢神宮に鎮祭されているにみても、いかに崇敬されていたかが頷けるのである。(中略)
はじめ 古事記にある イザナギ、イザナミノミコトのご夫婦の神が、天照大神と申す女神を生みたまい。次いで、神 素盞嗚尊という男の神様を、生みたもうた事になっている 。
そうして天照大神に日本の統治を命ぜられ、素盞嗚尊に朝鮮の統治を命ぜられた事になっている。
こういう訳で天照大御神は女神であるに、かかわらず天皇の御祖先となっておるばかりか、
蛭子命という男子まで生みたもうたとの史実もあるが、 これが本当とすれば、どうしても ?夫神?がなければ、ならないはずである。
しかし 今日までそれに疑いを起こしたものもないし、この謎を解こうとするものも、勿論なかった。(中略)』
『 ここで話はまた最初に戻るが右の数々の史実は神示によればこうである。
はじめ 神素盞嗚尊が( 朝鮮から)日本へ渡来した時、
最初に上陸した地点が出雲の国であった、
ところが当時日本の統治権を握っていたのが、 伊都能売( いづのめ)神皇で、この神皇はよほど古代からの、日本の真の主権者であったらしい。
まず、大和( 純粋な日本)民族の宗家と言ってもよかろう。
ところが大和民族の性格としては、闘争を極端に嫌い、平和愛好者なるがため、
素盞嗚尊が武力抗争の態度に出たので、無抵抗主義のため命の危険を慮り、海を渡って某国に逃げ延びたという事である。??・( 伊都能売神皇が観音様になる)
それで後に残ったのが 、御世継ぎである天照天皇と、その皇后であったが、 天皇はある事情によって崩御(ほうぎよ)されたので、 皇后はその大権を継承される事になったが、・( 今の伊勢神宮の天照大神は 女性である)(後略)』
『 天孫降臨ニニギノミコト が日本。(宮崎)へ渡来したのは、
素盞嗚尊の渡来よりよほど後であったらしい 。
・( 先に 朝鮮から襲来、 天照天皇を殺害、伊都能売神皇(観音様)は危機感 で外国へ、天照大神(妻神)も 国内 逃避。)
そしてニニギノミコトは支那(中国)の英雄であって、』
・(後に日本を支配する。)
◆ この御論文は壮大な神様の歴史で、簡単に説明出来ません。一部気になった所だけ ご紹介します。
ここは前も 紹介しましたが、
元専従さんの 解説、投稿からです。
( 2018年7月14日)
「 み教えに記述 ある 明主様の前世でございますが 、
応神天皇、聖徳太子、光明皇后、源 義経、尾形光琳、ある女性とあります。
また公開されていないみ教えにおいては、国常立尊、天照天皇(天照大神の旦那様)などがございます。」
◆
(つまり 神様の時代に「国常立尊」 として 世の中を動かしておられた、 絶対 善の 神様 国常立尊が 明主様の前世であり、 そこで中国からやってきた 「天若彦」の神が 窮屈であると、 殺害をする。
また別の時代では、 天照天皇 として日本を 支配されていた 人物(明主様)が、 朝鮮からやってきた。神素盞嗚尊によりこれ殺害される。
そして明主様に謀反をおこした、お二方が 次の時代、明主様の下で弟子として 働かれる。
これは凡人には理解できない
本当に岡田茂吉研究は深いなあと思います。
https://img.shitaraba.net/migrate1/9205.hirunosekai/0001988.jpg
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