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伊東静雄を偲ぶ
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「拒絶」について
伊東静雄の詩「拒絶」は、これまで論ずる人も少なく、私もあまり深く考えたことがありませんでしたが、田中俊廣先生が『痛き夢の行方 伊東静雄論』で、たっぷり1章をとって考察を加えておられます。これを再読して、「拒絶」について云うべきことはすべてここに云い尽くされている、と思いました。とくに「拒絶」と共に「夏の嘆き」「まだ猟せざる山の夢」「行ってお前のその憂愁の深さのほどに」という、同時期の作品をあわせて考察の対象とし、それらと「曠野の歌」とのつながりを求められたことなど、私の考え及ばぬところでした。
私が考えていたのはもっと単純なことでした。
「拒絶」を図式化すると、「ものにふれて心がうごく」であれ「自然の反省」であれ、本来は
万物(自然/世界)がわれに関わり
われは万物を歌う
こうして詩が出来るのですが、この詩では
われは、万物がわれに関わることを拒絶し
われもまた、万物を歌うことを拒絶する
と、二つ共に詩人の側からする行為として、両者を共に拒絶しています。
さすれば、詩人は、何を歌うのか。
ひとつの有力な道は、〈われ〉を歌うことです。そしておそらくその〈われ〉とは、〈内面〉というものと同義になるでしょう。リルケの「モルグ」の屍体たちが、瞼の裏側で眼球をくるりと反転させて、自分の身体の暗い内部を覗きこむように。――リルケの「世界内部空間」とはつまりそういうものではないか。立原の〈追憶〉や〈夢想〉もこれに近いかもしれない。
「伊東静雄は "私は詩人である" ということを歌うことから、その詩的出発を始めた」というのが、初期詩篇論における私の主張でした。「ののはな」についてもそのような見方を示しました。
しかし「私が私を歌う」という自己言及、とくに「私は、「私は歌わない」ということを歌う」という形の自己言及は、あきらかにパラドックスです。「呂」の詩群に感じられる一種の窮屈さは、この自己言及性から来ていると思います。
伊東の愛用する、次のようなレトリックがあります。
たとえば、「世界が私を拒絶する」ということを認めず、そのかわりに、こちらから、「私は、世界が私に関わることを拒絶する」というのです。同様にして、「人が私から去って行った」のだが、そういわずに「私は人を去らしめた」という。「静かなクセニエ」の趣旨も同じ構造のレトリックです。
戯れにこんな詩句を書いてみました。
わがひとよ、はやわれに関はるなかれ
われもまた、あへて汝を歌ふことはあらじ
「わがひとに與ふる哀歌」は、「愛の讃歌」ではなく、「哀歌」「悲歌」なのですから、この戯れも、必ずしもナンセンスともいえないと、私は思っています。あるとき、豁然と、一種の〈断念〉があった。そこではじめて詩人は、「お前」(「晴れた日に」)と呼び、「わがひと」と呼ぶことができるようになった。このイロニイを、案外伊東は悦んだかもしれません。立原もイロニイが好きですから、「わが去らしめし人は去り」という詩句に出会い、そこに自分と同質の精神をみつけて悦んだのではないか。
少し行きすぎたので、「立原の堀辰雄にたいする拒絶」に戻ります。といって、私に云えることはそんなに多くありません。
立原の「拒絶」は、堀辰雄が「美しい風景画家であること」への拒絶だ、というのは前稿で申しました。美しい風景画家がなぜダメなのか。第一に、それは単なる表面であって、事物や世界の本質を写さず、本質に迫っていない。第二に時局ということ、この大いなる時代に詩人のなすべきなのは、美しく牧歌的な風景を描くという不毛な営為ではない、われらに必要なのは〈前へ〉ということと〈共に〉ということである、と。
思うに、立原にとっても、風や雲やユフスゲや火の山は決して、美しい風景の描写ではなかったのであろう。彼はむしろ、それらが美しい風景画となることを拒絶しつつその詩を書いたのでしょう。立原のそれらの詩が、伊東や田中と同じように、思索や輪郭となり切っているかどうかは、わかりません。忖度すれば、「言葉による〈音楽〉」と見てやれば、彼の意に添うことになるでしょうか。
立原の拒絶と訣別の辞にたいして、堀辰雄は直接に応えることをしませんでしたが、しかしあの「大いなる」時代にたいして、無言のまま、最後まで拒絶し通したのは、堀辰雄であった、と、今ここで立原に云っても詮のないことです。
最近、田中清光『立原道造の生涯と作品』(麦書房、1973年)を読みました。これの初版は1956年にユリイカから出ていて、小川和佑先生の書誌を見ても、単行本の立原文献では最初期のものに属します。しかし読後感としては、そういう「古さ」は少しも感じられず、むしろ資料もまだ乏しい中で真摯に、誠実に、ひたすら自らの力で立原を読み解こうとする、氏の魂の鮮烈さを感じました。
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