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伊東静雄を偲ぶ

1100山本 皓造:2014/12/10(水) 11:47:22
Wozu Dichter?――リルケ読書その後(1)
 ハイデガー、Wozu Dichter? を、ようやく読み終えました。前にも書きましたように、原書(Holzwege)で50ページほど、一日2ページとしても、ひと月で読める、と計算したのですが、全然読めない日もあり、半ページしか手をつけなかった日もあり、結局、ひと月以上、かかってしまいました。それで、訳文で読んだ時よりいくらか理解が進んだかというと、まことに怪しいものです。それに、いつの間にか、リルケを脇に放念してハイデガーを読んでいる、というふうにならされてしまうのは、仕方がないようでもあり、腹立たしいようでもあります。
 綿々と書き綴っても仕方がないので、以下では、トピカを(いまヴィーコを読んでいるのです)取り出して、断片的に記します。

 ハイデガーはまず、ヘルダーリンの「パンと葡萄酒」の一節を取り上げます。

  何をなし、何をいうべきか、私は知らない、
  そしてこの乏しい時代にあって、詩人は何のためにあるのか、を。
  ... und was zu tun indes und zu sagen,
  Weiss ich nicht, und wozu Dichter in durftiger Zeit.

 次にリルケを呼び出した後、ハイデガーは次のように問いを立て直します。

  リルケは乏しき時代の詩人であろうか。
  彼の詩作は時代の乏しさといかに関係するか。
  それは深淵にどの程度深く到達しているのか。
  彼がどこかある場所へ進みうるかぎり進むと仮定して、さてこの詩人はいずこへ達することができるか。(訳書 p.18-19)

 これらにたいするハイデガー自身の答え、リルケとは結局「なんぼのものであったか」の答えは、論の最後にならないと出て来ません。少しずつ、進んで行こうと思います。

 はじめにハイデガーは、この時代を何故に「乏しい」と云うのか、いつ、どうして、そうなったのか、乏しい時代の特徴は何か、と説き進めて行きます。
 私はそれを図解してみました。今日の投稿の目玉はこの図解です。ここで気を楽にし、笑っていただければよろしいのです。また、まちがっているところがあれば、ご指摘ください。

 前稿で私は「誤解」ということを云いましたが、あらためて考えてみても、まだその疑念は解けません。見方を変えて、たとえば人間を<実存>として規定すると、それは一般的な規定であって(人間すべてがそうなのだ)、時代的な限定を受けるものではないと思うのです。

 もうひとつ、前回「アウシュヴィッツ」のこと書きましたが、記憶がアイマイで、正確な引用ができませんでした。あらためてここに記します。

  「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」
  (アドルノ『プリズメン』所収「文化批判と社会」、ちくま学芸文庫版 p.36)

 時間的な順序を云うと、
  1924. 6 リルケ「自然が生あるもろもろのものを…」詩作
  1940 アウシュヴィッツ強制収容所建設〜45 解放
  1945.12 ハイデガー記念講演 "Wozu Dichter?"
  1949 アドルノ「文化批判と社会」執筆
 つまりハイデガーの講演は「アウシュヴィッツのあと」であったわけです。ハイデガーは「原爆なんかたいしたことない」みたいな云い方をしていますが、アウシュヴィッツについては一言もふれていません。(これ以上言い募ると「ハイデガーとナチス」のような脇道に入ってしまうので、ここでは立ち入りません。

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