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alpha-archive-11 北 勲 斜光作品
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:
資料期管理請負人
:2014/03/03(月) 22:58:22
巻頭言 4号/父の軍旗
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〔巻頭言〕 4号/父の軍旗 19974号 1999年
私の父は昭和二十年沖縄で戦死した。肌身離さず持っていたと思われる父の寄せ書きが、
あろうことか、この程見ず知らずのアメリカ人から戻ってきた。これにはたまげた。この
身にまさか世にも珍しいことが…。それが起こったわけ
だ。先の戦を火山の噴火とするなら、その噴き上げた灰がいまだに降り注いでいることに
なる。指折り数えてみると半世紀前、じつに五十四年前の火山灰なのだ。
あらかじめ送られてきた写真を見ると、赤い日の丸の傍らに「為北傅吉君、祈武運長久」
と墨書大書してあり、多くの寄せ書きには生家の近所の人の名も見える。確かにこれは父
の物だ。
そのアンダーソンさんというアメリカ人とは続けて何本か手紙のやりとりをした。中で
も彼の次の文に接したとき、ぐっと胸が詰まり、妻はわっと泣き出した。
In this cave were three or four dead Japanese soldiers, one had the flag I now have.
生まれて初めて父と対面する思いだった。まだある。旗はやがて手元へやってきたが、
絹の光沢にもかかわらず、意
外にもひどく汚れている。心多く篭もっているから父もこれを疎かにはしなかったろう。
生活の汚れではない。してみ
るとこれは戦闘の汚れか。私は狼狽するみたいに無理矢理父と向き合わされた。
勲よと語りかけんがごとくなり日の丸の旗軍旗のよごれ
「そうです。凶暴な戦いは汚いものです。戦争は汚く、私たちはみな戦争を避けるよう努
めるべきです」と、これはアンダーソンさん、後に言ってよこした。
「うちの父は輸送船に乗っていてとられたと。遺骨も何も残っとらんとよ。あなたなんか
戻ってきて羨ましかあ」と、小・中学のある同窓生は言う。旗がますます宝物のように思
えてきた。その軍旗はいま神棚に上がっている。母の側にある。
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