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3890万理久利:2015/07/17(金) 15:49:24
「肥と筑 第三十三回」評
 植林は日本の文化とも言われます。世界遺産にもなった熊野古道がある紀州和歌山の木
が整然と立ち並ぶ森をみると日本独特の美観と同時に貴重な資源ともなる豊かさも感じさ
せてくれます。今回著者は植林技術をもたらしたと考えられる徐福船団と子孫たちの足跡
を、植林を広めた紀氏を中心に追っていきます。造船用船材にはじまり宮殿の建材と、建
国には欠かせないハード部分を紀氏は担ったと言えます。
 佐賀基山(徐福・蚩尤心・スサノヲ)→熊本日田→和歌山日高郡→岐阜飛騨・茨城日高
見(稲敷郡)
日田、日高、飛?、日高見、同じ漢字や読みであること、出発点佐賀、到達点茨城両者と
もに紀氏に関わりのある土地であること、植林の盛んな土地であること、等々読んでいて
謎解きの面白さを感じます。
 太陽が昇る東への移動は著者が言うように地球規模では人類誕生の地アフリカ、西アジ
ア、東アジア、南北アメリカの流れがありますし、徐福船団も日出ずる国/蓬莱の国へと
向かい、到着した後も日本列島を北上しながら東へ東へと移動したわけで、東方へ向かう
のは生きている人類の性のように思えてきます。北を上とすると地球の回転は右回り(東
周り)ですから地球の動きに同化しているかのようにも思えてきます。

 紀氏が植林に長けているところから、植林技術をもたらした徐福船団員の血を色濃くも
った一族だったのでしょう。殆どの船団員が日本に住み着いたとなると、それぞれの技術
をもつ人達が集団化した可能性もあるかもしれません。もう一つの徐福がもたらした技術
の目玉である製鉄技術についても植林と同じく東へ東へと伝わったにちがいありません。
文末に、次は紀氏と出雲族の問題をとりあげるとありますが、このあたりにかかわってく
るような気がしています。はずれだとしても、将来製鉄技術の足跡についても是非触れて
ほしいと思います。
 造船、製鉄と言えば、先頃世界遺産に認定された佐賀市三重津海軍所と北九州市八幡製
鉄所があります。技術集団でもある徐福船団から連綿と続く過去の日本人が築き上げてき
た知恵と技術力がそこに現れているのでしょう。
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