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☆☆☆☆☆ 同 人 α ☆☆☆☆☆ - ニューロン・カフェ

2008万理久利:2012/02/13(月) 14:17:25
『 いっ子 』
いっ子

赤松さんの最近の作品に出てきた、みんなから集めた着物を一個、二個と数える「うつぼ」さん
も可愛いかったけれど、一人思い出した子がいます。

ひどい内申書にもかかわらず、当時の学区で一番の難関都立校を受け、見事にすべり、まだ募集
をかけていた地元の運動で有名な私立高校に滑り込りこんだ頃の同じクラスの女の子。「郁子」
です。みなから「いっこ」と呼ばれていました。静岡の大きな魚市場のひとり娘で中学からここ
の寮生活をおくり、当時は寮頭のような存在でした。
有名大学進学人数を少しでも伸ばそうとの学校の作戦からか、このクラスは唯一の特進学級でし
たが、その構成員たるや、個性豊かで、とても勉強に興味を示す者はなく、一歩も二歩も進んで
大人の世界に興味のアンテナをはっているような者ばかりでした。
いっ子もその一人。既に髪を薄茶に染め、薄化粧をし、手にはマニキュアで、外国ものの雑誌を
読んでいました。それでも面倒見がよく、知らない世界の話がおもしろく皆の人気者でもありま
した。お勉強はできなかったけれど、頭はいい。その頃なぜかいっ子を入れて五人でいつも行動
をしていました。授業をさぼり、同じ敷地の大学生もくる学食でおしゃべりをしたものです。

ある日いっ子が姿を消しました。あわてたのは仲間より前年東大を出たばかりという、栃木弁を
懸命に隠そうとする担任助手の先生です。小指をいつも立てていることや、小股で歩くことから
渾名は「おかま」。そんな彼が予想をつけ捜しにいき、二週間後彼女をつれて帰りました。静岡
のどこか水商売の店にいたそうです。
いっ子が寮を出て静岡の実家から新幹線通学をしたことを除き、仲間五人の以前と変わらない日
常がまた始まりました。
その後、今度は私が消えます。いきなり自主転校を図ったのです。一生懸命引き留めようとする
「おかま」には立て続けの試練となったかと思います。

いっ子とはそこまででした。
あの子のことですから、たくさん子ども産んで、孫までいて、親父の魚市場を切り盛りしている
かもしれません。






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