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1275長岡曉生:2011/04/10(日) 00:24:35
三点セット:評の1
私もトルコが大好きなので、本来の評を離れてつい筆が滑っても、どうか御勘弁を。

★三点のセット:音楽の場合
著者は、日本社会の三点セットの連想から、トルコの三点セットについて論じています。
これについて興味深いことを思い出したので、忘れない内に書いておきます。
 それは、トルコ共和国の民謡が中央アジアのトルコ系民族・モンゴル族・日本人の民謡と
似た特徴をもつと言われていることです。
良くいわれるのが、日本の追分や馬子唄に似た小節のある歌の存在ですが、この他にも九州
民謡「五木の子守歌」や「津軽じょんがら節」と共通な、三拍系の拍子があります。つまり
トルコ音楽には、8分の9拍子や、2拍子と交互に現われる三拍子などの、三拍系の拍子が
存在しています。このような三拍子は、一説によると馬と人間とのリズムバランスから来て
おり、騎馬民族によく見られるとされています。
 この三拍子に関連するかどうかは解りませんが、佐賀弁にも独特の三拍子があります。
それは「ドンドンドン(太鼓)・ピューピューピュー(風)・ジャージャージャー(雨)等、
擬音を3回繰り返す習慣です。

上に見られる如き、日本の三拍子とトルコ民謡の三拍子とに、果たして関係有りや無しや。
著者のご意見を乞う。

★前置きに書かれたトルコの親日
日土両国の友好は、実は日露戦争より前の或る出来事から始まっています。
それは、1890年に日本を訪問したオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が、明治天皇を
表敬訪問し大歓迎を受けたあと帰国途中に台風に出会い、和歌山県串本沖で遭難したときの
救助活動です。後に日本は、生存者を海軍の金剛・比叡の2艦でトルコに送り届けました。
このあと遭難者遺族に対する義援金を集めた山田寅次郎は、これを持ってトルコに出向き、
大歓迎された挙句、トルコの陸軍と海軍の士官学校で日本語を教えるよう依頼されました。
文中に出て来るトルコの英雄ケマル・アタチェルクは、この寅次郎の教え子であり、トルコ
共和国成立後、寅次郎を招待して大歓迎したそうです。

評と言いながら、ここまでは本来の評が、全く出来ていませんね。済みません。
  つづく
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