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Japanese Medieval History and Literature

417阿哈馬江:2007/11/15(木) 22:40:57
 
筆綾丸さま

 遅い返答となりますが、

> このドスの効いた恫喝

 こんな話があります。

 余談になりますが、ちょっと申し上げます。鯨波(【振假名】トキノ)屏風と申しまして、神泉苑(【振假名】シゼンヱン)にありました。私もズッと以前神泉苑で見ました。これは後水尾院樣の御代のことです。御承知の通り中宮樣は東福門院和子、則ち徳川將軍秀忠公の御女でござります。其の時朝廷から徳川家へ金屏風を一双拵へるやうにとの御命が下りました。ところが急に差上げなかったと見えまして、度々の御催促です。それで遂に献ったのが、彼の鯨波屏風です。これは探幽の筆で、安徳天皇様が壇浦で御入水遊ばす図でござります。則ち徳川家では、朝廷に於て、かれこれ仰(【振假名】オッ)しゃるなら、こんなめに逢はせまするぞといふ意味ですなァ。サー後水尾院様大層御立腹で、早速勅によって神泉苑へ御寄付になりました。ところが神泉苑も明治になりましてから一時廃寺同様になりましたので、東寺へ持って行ったと聞いて居ります。只今でも東寺にござりませう。

 下橋敬長談『維新以前年中行事』(上野竹次郎編)「御修法結日」(平井誠二「下橋敬長談「年中行事」 ─ 翻刻と解題 ─」(『藝林』第五十四巻第二号、平成十七年十月)133頁)

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むらじさま

 お久しうございます。

> 門

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http://www.geocities.jp/ahmadjan_aqsaqal/ssk.html




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