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Japanese Medieval History and Literature
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ハリポタ
http://www.asahi-net.or.jp/~hd1t-situ/azuma/118103.html
『吾妻鏡』治承5年(1181)3月12日条に、「常陸の国塩浜・大窪・世谷等の所々を以て
鹿島社に奉寄せらる」とありますが、ここでいう塩浜は塩田で、塩(年貢)を鹿島社に納
めた、と理解してよろしいのでしょうか。
小太郎さん
そういうことだったのですね。ありがとうございます。
http://www.voynich.com/rennes/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9
レンヌはブルターニュのレンヌだろうと錯覚しておりまして、今回の旅行では、この伝説
の地を通り過ぎてしまいました。カルカッソンヌから少し南下すればよかったのですね。
お莫迦な話です。地図をみますと、カタリ派の廃墟群のいわば中心にあって、車で走って
みますと、あのあたりは、独特な印象を受けました。
今回、アンドーラ公国に行きましたが、バブル期の日本のような建設ラッシュでした。
『ダヴィンチ・コード』において、マルセイユで父親を殺したシラスはアンドーラの刑務所
に収監されますが、なぜフランス国内の刑務所ではないのか、刑事訴訟法上、おかしくない
か、というような疑問があります。
上のサイトに、ナポレオンの戴冠衣の黄金の蜂への言及がありますが、フォンテーヌブロー
城のナポレオンの間にビロードの幕があって、蜜蜂(abeille)の刺繍がありました。ナポ
レオンは、カペー(ヴァロワ・ブルボン)やカロリングを一気に飛び越えて、メロヴィング
朝の後継者をも自ら任じたようですね。
また、エジプト遠征の途次、ナポレオンはマルタ島に立ち寄ったとありますが、ふとニコラ・
サルコジを思い浮かべました。ハンガリー移民の新大統領は、コルシカ生まれのナポレオン
を意識している節があり、当選後、ジェット機でマルタ島に飛んでクルーザーで遊んでまし
た。これは、ナポレオンのマルタ島上陸を踏まえたもので、「歴史」を強烈に意識している
のかもしれないな、と思いました。そんなこと、フランスのメディアは何も言ってませんが。
フォンテーヌブローの城からSNCFの駅へ行くバスの中に、キッズの面倒を女房に任せた
スペイン人らしき父ちゃんがいて、黙々と英書を読んでました。何だろうとみてみると、
発売されたばかりのハリー・ポッターでした。畏るべし、ハリポタ!
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