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Japanese Medieval History and Literature

125筆綾丸:2007/07/25(水) 14:18:27
栗再論
唐突ですが。
《「桑と養蚕を田畠の「農業」に含めて考え、農業の一部として扱うのは、少なくとも
古代・中世においては実態に即しても、また制度的にも完全な誤りであり、それは漆、
栗、柿等の樹木栽培についても全く同じであった。鎌倉幕府法の追加法四二四条に
「領主等作田畠、養蚕事」とあるのも、両者が法的にも区別されていたことを明確に
物語っており、それ故、桑をはじめ漆、栗、柿等の樹木栽培を「農業」のなかに入れて
憚らないのは、農業の語の不当な拡大解釈か、農業への過大な思い入れ、無意識の
「農本主義」の強調としか考えられない》(網野善彦『中世民衆の生業と技術』176頁
東京大学出版会)

気になって、同書第三章の『栗と漆』をみますと、
「丹波国御栗栖は、きわめて古い起源をもつ天皇家直属の栗栖として栗を貢進しており、
平安末期以降はそれを基盤として甘栗供御人といわれた栗売が活動していた」(135頁)
とか、
「京都に丹波屋という丹波国甘栗供御人の流れをくむ商人がいたように、栗は各地で商品
として売られたに相違ない」(138頁)
とか、
「栗林に対する公的な賦課は、桑・漆・柿が本別であったのに対し、反別の地子栗であった
ことも別に述べたとおりである。このような果実の栗が食料として、田畠の穀物と比べても
無視し難い大きな意味を、百姓の生活のなかでもっていたことも間違いない」(153頁)
とか、あります。

以前、話題にした『徒然草』第四十段の、因幡国在住の栗ばかり食う女の話は、もしか
すると、単なる田舎の奇譚としてではなく、もっと普遍的なもの、つまり、経済学でいう
交換価値のアレゴリーとして読むべきもので、そう読めば、経済現象に並々ならぬ関心を
示した経世家(太平記に云う傾城屋の主?)兼好にふさわしくなる、という感じがして
きました。




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