したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

邪馬台国九州説

4名無しさん:2022/05/18(水) 20:37:14
伊都国についてですが、私がずっと気になっているのが、平原遺跡・曽根遺跡群の「曽根」という名称です。
これはほぼ物部と言い切ってよいのではないかと思っています。

庄内式土器の名称元である大阪府豊中市庄内に曽根という地名、また穂積という物部系地名があります。
そして大阪府南部の池上曽根遺跡にある曽禰(曽根)神社の配神が二田物部神であることは当地で確認しています。
また近くに二田物部の根拠、泉大津市二田があります。
大阪の北部・南部にある両地に、やがて纏向古墳群に通じる前方後円型周溝墓も出ているようです。

また平原1号墳墓出土の大型内行花文鏡と皇室に伝わる三種の神器の一つ「八咫鏡」の類似性・共通性が言われていますが、
八咫鏡は崇神天皇が宮中から放逐したというわけですから、宮中とは纏向の磯城瑞籬宮であり、
その崇神の母君が物部のイカガノシコメであること、これは看過できないと思っております。

平原遺跡=曽根=巨大鏡祭器=筑紫物部ではないでしょうか


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板