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kujyu-metudouさんとの対話
245
:
苦集滅道
:2018/07/26(木) 18:43:30
>坐ったまんま。。。戻らない?ヒト
>坐ったまんま日常生活に戻るヒト?
面白い観方ですね。
「 」は実際の我ですから、いったきり戻らなければ、地上は虚無で夢で幻で 相手にしなくなります(笑)
いわゆる暗黒の世界観、現実が「無」で、あの世が「有」へと逆転したままです。アブない人ですね。その場合は。
で、現実に引き戻すのが自我の意識。とりあえず、生きてる間は 自我が必要となるのは、いったきりだと生活できなくなるからね。
そこには、自我への「理解」が必要です。一瞥あたりで、地上も自分も「夢」なことが 認識されます。
じゃ、なんで自我という夢が 見られているかと言えば、肉体の眼や機能が、認識を可能にしていて 頭脳に集積された知識情報学習知、
趣向や概念・観念といったものが個性という塊をカタチづくります。それが、自我。
だから 自我で生きることに 何も 不思議さってないんです。普通、そうでしょ・・・の認識でしかない。
そのことが、腑に落ちると「 」が自我を生きてることに 違和感がなくなるし、別個のものとしての観点って抜け落ちる。
肉の身の経験が 自我を成り立たせているだけのことで、「 」に変わりはないです。誰もがねw
で、座ったまま日常生活に戻ることが できるのは、自我の意識そのものを 見抜いた人ね。
それ以前に「 」の体感は必須ではあります。そこで 精神の仕組みは全部わかるようになってます。
自分への疑問は その時点で消えます。わかるから。単に。
ま わかったとは言っても、自我に左右されることは 避けられなくて、それさえも 自覚して 生きることが可能となってます。
私の場合だと、くだらないたわごと(思考の変化する様、別にどうでもいい脳内での論理・感覚)だと、自覚はしていても、書かざるを得ないとかね、
無意味だとわかっていても、当面必要があれば 書いてみる、とかね。極論を書けば らぴ。さんの経験もどうでもいいこと。私の持ち物じゃないからね、
でも達観してみても うずくものがあるので、こうして 足しげく通い詰めて、無意味な会話に 意味を持たせたりしています(笑)
まぁ、私も日和さんも 自我である場面で 考えることなんて、同じようなことですよ(笑)
だから わかりあえる・・・ともよwww
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