したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

kujyu-metudouさんとの対話

218苦集滅道:2018/07/23(月) 07:39:01
>「そのもの」ったってこういう「掲示板に書く」文字、文章、理論ってどっからで出てるの?って考えますね。
>「そのもの」、「無」、「何もない」「誰でもない」だったら、[書かない」「書けない」「なんもしない」で終わる思います。
>「こういうやり取り自体成り立たない」思いますね。
・・・うん、私もそう思ってたから、探りを入れてきました(笑)
だから、何を自我としているかを質問に混ぜ込んで 聞いてきました。
私の思っている自我がないとしたら、すでに死んでいる人なのですが、どうやら生きてるらしいので、
私が思っている自我の定義が彼女とは違ってると思います。
「  」そのものでも 生きている。で、生きるには困らないことを彼女は しきりに書いている(聞いてもないことも含めてね)
生きることは、できなくなるはずって私は思ってきたけれど、どうも そういうことにはならないらしい。
で、ここで私の頭の中では、超絶な整合性を求めての「考える」ことが起きてくるのだけれども、その一切を終息させて 今は それほど考えていないです。

で、理論的に書くとすると・・・

自我って、最初から無い。無いものを有るとしている「だけ」。
「  」でしかないけど、今は 肉体という「よりどころ」を得ているので、
記憶・思考・感情・肉体感覚・社会的な配慮・認識・意識・個性(概念・観念)
が 持てています。
・・・ここに自我っていう定義を持たせて 認識しているのが「私」という「意志」です。
で、「私」という「意志」を自我って 総称している。
記憶・思考・感情・肉体感覚・・・といったものは、記憶・感情・思考・肉体感覚でしかなくて、「私」とは言えなくなる。
そこが 自我がなくなる意識上の場所ですね。

「  」の後(上)に自我があるわけでなく、「  」の以前(下)に自我があるものでもない。
肉体として生まれたトキから、その肉体感覚、五官によって、頭脳が「自我」なるものを「想定」します。
この単に 想定されたにすぎない「自我意識」をあると言ってもいいし、無いといってもいい・・・表現者のセンスによるものです。

>文字、文章、理論、知識、社会通念、常識感覚、生活態度、こみゅにゅケーション能力、個性・・・は 記憶からでしょうね。
単に記憶であって、そこには 誰もいないのでしょう。記憶そのものを自我だと定義すれば、自我がないは 嘘になり、定義しなければ 自我がないは 本当になります。

前者と後者が かみ合うことはないです(笑)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板